♯5


 

「こんばんは」

送ってもらった夜以来、淳弥との距離は更に近くなった。とは言っても。

「あ、またシリアルだ。峰さん、好きですよね」

大容量の大袋のシリアルをバーコードに通しながら、夕希は言う。気安い態度に、淳弥は苦笑いしながら答えた。

「うん。…パン焼くのも、めんどくさいって言うか、時間ない朝ってない?」

そんなの毎朝だ。仕事明けの朝は特に、食欲<睡眠欲だから。

「…ああ、あります」

妙な共感を覚えて納得のため息を漏らしてしまう夕希だった。

 

ということは、淳弥はひとり暮らしなのだろうか。確かに、買っていくものも食材そのものではなく、値引きになったお弁当とか、レトルトのカレーとか、冷凍食品とか、すぐに食べられるものが多い。

人のことは言えないが、栄養バランスは大丈夫なのだろうか…。

(いや、まあ、私に関係ないけど)

 

踏み込み過ぎた想像を、夕希は購入品と会計が映しだされたモニター画面を見て、振り払う。

あくまでも客と店員の関係だ。貰った名刺も、引き出しの奥に仕舞い込んだまま。

「あ、このシリアルバーだけ袋別にしてください」

淳弥に言われて、夕希はそのとおりにする。会計を終えて、カゴを持ち去ろうとする時、淳弥が言った。

「これ、カウンターの人に預けておくから、あとで食べてね、いとちゃん。俺から差し入れ」

「え…」

驚いて絶句して、夕希が遠慮して断ろうと思った時には、もう淳弥はカゴごとサッカー台

と呼ばれる商品を詰める場所に移動してる。すぐに次の客が来てしまい、夕希はそちらを優先しなくてはならなくなる。

(…もう)

ちょっと困る。だけど嬉しい。責任者の松井にからかわれつつ、夕希は淳弥からの差し入れを受け取った。

 

 

深夜、帰宅した夕希が真っ先にしたことは、先日貰った淳弥の名刺を確認することだった。

連絡先とアドレスを入力して、SNSの登録がないか、探してみた。

(…これかな)

知り合いかも? の欄にJYUNというアカウント名があった。写真は確かに峰のもので、トップ画はサーフボードが沢山並んでる。

スポーツショップの営業さんだもんね。

 

…どうしよう。メールするには遅いし、明日お礼すればいいかな。メールひとつ打つのにドキドキして、迷う。こんな気持もいつ以来だっけ。

トップの峰のアイコンの写真は、にかっと白い歯を見せて笑ってる。それを見ながら、夕希は眠りについた。

 

 

次の朝、夕希はラインの新着の音で目覚めた。しかも、ピコンピコン立て続けに鳴ってる。

(だ、誰だろ)

慌ててスマホを手にとって見てみると、淳弥からだった。どうも、昨日寝入りしなに誤って、友達追加のボタンを押してしまったらしい。

(や、やだ、私…)

けれど、淳弥の反応は嬉しそうだ。

――峰です。友達追加ありがとっ

――まだ、寝てたらごめんね

続いてすぐに、サラリーマンが申し訳なさそうに頭を下げるスタンプが送られてる。

 

くすっと笑って、夕希もおはようございます、とうさぎがにこにこしてるスタンプを送ってから。

――勝手に友達追加すみません。シリアルありがとうございました。

と、文章でメッセージを送る。すぐに、親指を立てて、ウィンクしてるサラリーマンのスタンプが来た、気にするな、ということなのだろう。

 

 

以来、朝と夜になんとなく送り合うようになった。

――今日は仕事なんです

とか、学校の近くの公園で見た向日葵が綺麗だったから、画像をつけたり。他愛無いやりとりが続く。

 

 

「糸井サン、彼氏でも出来た?」

今も、教室でスマホをイジってたら、通り過ぎ様、琢朗に聞かれて、慌てて夕希はスマホを隠した。

「な、何で?」

「ん~、最近、よくスマホ弄ってるから。前は、暇さえあれば教科書か法律書読んでたのに」

伊達に弁護士目指してない。琢朗は鋭すぎる洞察を披露しながら、夕希の隣に後ろの席に陣取る。

「余裕だね、司法試験まであと1年ないってのに」

「ち、違うもんっ。彼氏とかじゃなくって」

「じゃなくて?」

「…知り合いって言うか、ライン友達?」

現状、お互い好意は持っているのだろうと思う。けれど、ふたりきりで出かけたり、付き合うって言われたり、一歩踏み込んだ関係にならない。夕希も恋には消極的な方だが、少しずつ、この状況がじれったく思えてはいる。

 

「…ねえ、上条くん」

「何」

「上条くんは、毎日ラインしたりする異性の友達っている?」

夕希の質問に、琢朗は意外そうに眉を上げる。それから、司法にまつわること以外の全ての質問は愚問だとでも言いたげに、ふっと鼻で笑って口元を歪める。

「俺がそんな時間の浪費してると思うの?」

「……」

琢朗にこの手の相談を持ちかけた自分が浅はかだった、と夕希は心底後悔した。

 

 

 


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