♯9



閉店は1時。それから後片付けやレジを閉めて、終わってタイムカードを切って、店を出るのは、どう急いだとしても、1時半になる。

ラストまで残っているのは、警備、ナイトの管理責任者、品出しのパート、レジのアルバイト合わせて、十人前後。他の時間帯はいざしらず、ラストは全員が揃わないと帰れないシステムだ。

その日もみんな揃って、バックヤードから出たら、納品用の駐車場と舗道を分ける花壇に、淳弥が腰掛けていた。

後ろ姿しか見えなかったが、即座に彼と判別した夕希は、驚いて足を止めた。

「…え?」

「やだ、いとちゃんお迎え?」

と、パートで夕希の親くらいの年齢の高田に肩で肩を小突かれた。

「え、え、そんなんじゃ…」

とりあえず、方方に散る他のスタッフ全員を見送ってから、淳弥らしい人影の方に近づいた。

 

 

「ごめんな。あんな風にぞろぞろ出てくると思わなくって」

待ってる方の淳弥も気まずかったらしい。恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。

「あ、最後はそうなんです。防犯のために、全員で退店する決まりで。それより、淳さん、どうして…」

「あ、いや、メーワクかなと思ったんだけど。でも、女の子の夜歩き危ないし。また、変な奴に追っかけられたら、大変だろ? だからこれから、夕希ちゃんのお仕事の日は家まで送ろうと思って」

「そ、そんないいですよ。もう遅いですし、身体堪えますよ?」

「それは俺が年だから?」

「い、いえ。そういう意味ではなく…」

「とにかく、帰ろ?」

「あ、じゃあ、自転車取ってきます」

「一緒に行くよ」

 

自転車を引きながら、ふたりで坂を降りる。

「あれから、どう? 誰かにつけられたりしてない?」

「大丈夫です。私を狙ってたんじゃなくて、通り魔的な感じだったんですね、きっと」

「でも油断しない方がいい。なんか、心配なことがあったら、すぐに俺に言ってね」

夕希自身よりも、親身になってくれる淳弥に嬉しくって、危険な話をしてるのに、つい夕希の顔はニヤけてしまう。

「…はい」

含み笑いをしながら頷くと、「何、笑ってんの」と、淳弥に軽く後頭部を小突かれた。夏の夜風がふたりの背中を押すみたいに吹き抜けていく。

「あっついね。ジュースでも買う?」

仕事が終わると、いつも夕希は喉がカラカラだ。力いっぱい「はい」と返事をすると、淳弥は自販機の前で立ち止まる。

ちょうど坂の途中のバス停の脇のベンチに腰掛けて、ふたりでペットボトルのジュースを飲む。プロ野球の話題から、何故か出身県の話になった。

 

「俺、広島なんだ」

「あ、だからカープファンなんですか?」

「ん、そう」

「広島市ですか?」

「ううん、呉」

呉、と言われても夕希にはぴんと来なかった。

「ヤマトミュージアムがある街。駅が高いとこにあってね、海に向かって下りていく坂道を降りてくと海が開けて、港には船がいっぱい停まってる。造船所も多いし、後ろに山も抱いてるから、海から見ると要塞みたいでね。ちょっとカッコいいよ」

「…行ったことないです。見てみたい、淳さんの育った街」

淳弥の言葉から、必死に夕希はその情景を思い描こうとする。瀬戸内海の穏やかな海に浮かぶ船舶。水面をきらきらと輝かせる陽光。そして、そのバックに聳える要塞みたいな街――

「可愛いなあ、夕希ちゃんは」

まるでからかってるみたいな軽い口調で言って、淳弥は夕希の頭をぐりぐり撫でる。

「え、え、何で?」

「純粋だからさ。――いつか、一緒に行けたらいいね」

社交辞令みたいな口約束が、夕希にはそれでも嬉しい。

「はいっ」

勢いよく返事をすると、淳弥の顔は一瞬翳った。あ、あれ、図々しかったかな。途端に夕希の心も波立つ。

「ずっと帰ってないや、俺」

「…そう、なんですね」

「夕希ちゃんは? 出身何処?」

「私は静岡です。清水の隣の焼津ってところ」

「サッカーの街だね」

すぐにスポーツと結びつけるところが淳弥らしい。くすっと笑ってから、夕希も自然にふるさとの情景を思い描いた。

 

呉が軍港なら、焼津は漁港の街。瀬戸内海と駿河湾。臨む景色は全く違うが、そういえば、今淳弥と夕希の住む街も、海がある。けれど、夕希も大学を卒業してからは、実家に顔を出していない。

 

もうすぐ夏休み。

(今年は帰ろうかな…)

 

 

家の前まで、淳弥はきっちり送ってくれた。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。早く寝るんだよ」

「…淳さんも」

「大丈夫、俺の特技はのび太くんと一緒だから」

「?」

「横になったら、3分で寝れる」

「え、でもこの間は…」

すぐになんて寝てなかった。夕希が思い出して指摘すると。

「そりゃ隣に女の子がいたら、すぐに寝たらもったいないじゃない」

のび太だって、静ちゃんが隣にいたら、絶対寝ない、と淳弥は変なことを力説する。夕希が納得してると、淳弥は夕希の耳朶に口元を寄せて囁いた。

「…また、うちに遊びに来るでしょ?」

前回の記憶と、次回への期待に、夕希の胸は高鳴って、ばくばく動き出す。

「こ、今度はうちでもいいですよ?」

あー、でもパソコンデスクに積みっぱなしの法律関係の本とか、未だにクリーニングに出してない春用のジャケットとか、何とかしなきゃ。

「じゃ、そうしよっか」

淳弥の目が柔らかく細められた。営業スマイルなのかな。レジでもよく見せてくれた顔。でも、その顔好きなんだよなあ、と夕希が見とれていたら、ちゅっとキスされた。

舌を入れられて、きつく吸われても、自転車のハンドルを握ったままの夕希には、淳弥

にしがみつくことも出来ない。

「…ん…っ」

「またね、夕希ちゃん」

 

長いキスに満足して、淳弥は今来た道を帰って行く。たった15分の逢瀬。他愛無い会話。けれど、それが嬉しくて、疲れなんて吹っ飛びそうな夕希だった。

 

 

 


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