♯10



「へえ、彼氏出来たんだ」


2か月ぶりに会った友人は、夕希が迷いに迷って打ち明けた事実をあっさり受け止めて、何層にも分かれたまるで虹みたいなカクテルを一口飲んだ。

彼女は麻生多恵子。夕希と同じ法学部だったが、彼女は法科院には進まず、今は一般企業のOLやってる。今どき多恵子、なんて名前を死ぬほど忌み嫌っていて、「夕希が弁護士になったら、真っ先に私の改名手続きやってよ」と冗談なのか本気なのかわからないことを、会う度に言われる。


「どんな人?」

鮮やかなローズ色の唇を蠱惑的に吊り上げて、多恵子は夕希に尋ねてくる。洗練されたメイク。やっぱり社会人と学生は違う。同い年なのに。

(例えばこんな女性だったら…)

友人と自分の立場と外見の違いに引け目を感じながら、夕希は落ち着きなくグラスについた水滴をペーパーで拭き取る。

「…う、うん」

彼氏、って言っちゃっていいんだよね?

実はまだ、淳弥の方から「付き合って欲しい」なんて正式な言葉はない。けれど、告白みたいなことはされてるんだし、バイトのある日は毎回迎えに来てくれる。淳弥の家にも、2回程お泊まりした。


既成事実としては、十二分に交際が認められる条件だろう。けれど…。

「どんな人?」

「あのね、うちのお店のお客さんだった人で、スポーツ用品の営業してる」

「店の客って…あんた、夜の仕事、スーパーのレジって言ってなかった?」

「そ、そうだよ?」

「商品バーコード通して、会計精算して、お釣りと商品受け取って帰る――あの短いスパンの間に、よく女口説けるね。…もしかして、夕希からじゃないよね」

「ま、まさか」

「だよね」

真面目一方な夕希がそんな大それたことをしでかすわけがない、ともう4年の付き合いのある友人は、夕希が拍子抜けする程、あっさりと納得した。


「付き合ってどれくらい?」

「…もうすぐ1ヶ月」

「ひゃー、出来たてほやほやだね」

「うん…あのね」

頷いてから、夕希は薄いピンクのためらいがちに開いてまた閉じた。付き合い始めてひとつき。多恵子の言うように、出来たてほやほやラブラブな毎日のはず、なのだが、引っかかることがないわけではないのだ。


同じベッドで眠って、キスをして、夕希の身体をまさぐるまでは、淳弥はしてくる。指と舌で散々に弄ばれ達したこともある。3,4回淳弥の家には泊まったが、いずれも淳弥は

最後まではしてこなかった。

男性の心理や身体のメカニズムに、夕希はさほど精通してるわけではない。けれど、淳弥の行為は余りに不自然だと思う。


(…これって、私が魅力ないってことなのかな…)

明らかに膨らんだ欲望を、夕希は肌で感じたこともあるのに。夕希自身は拒んでいないことを、淳弥が拒むのが、夕希には不思議だった。

(でも、まだひとつきなんだし、そんなものなのかもしれない)

ヤリ捨てされるより、よっぽどいい。夕希は自分で淳弥の行動を好意的に解釈しようとしていた、つもりだったのだが…。

多恵子との会話に、日頃胸のうちに燻っているもやもやとした感情が、表情にも浮き出てしまっていたらしい。


「どうした?」

夕希の眉間を指先でつついて、多恵子はにっと笑う。

「え? 何が?」

慌てて、取り繕っても、数年来の親友を欺くのには遅かった。

「幸せ満喫~、って顔はしてないからさ」

図星を指されて、夕希はカクテルの入ったグラスに指を添えたまま、俯いた。学生時代じゃあるまいし、彼氏との赤裸々な体験談なんて、友人同士で語り合うものじゃないと言うのはわかってる。

けれど、当事者じゃない第三者の意見が聞きたかくて、思い切って言ってみる。

「うん、あのね…オトコの人が最後までしない理由って…何かな」

意外なセリフだったらしい。多恵子は手にしてたグラスをコースターの上に戻して、夕希を直視した。


さらさら肩に流れるストレートの髪に手を当てながら、大きく息をつく。明らかに、返答に詰まった困った顔。笑い飛ばすのではなく、飽くまで真正面から受け止めてくれるのは、、姉御肌の多恵子らしい誠実さだ。

「ん~…」

唸りながら、それでも必死に夕希の悩みに付き合ってくれた多恵子は突然。

「あ、そうだ。これから、上條来るよ。聞いてみれば?」

とんでもない提案を、夕希に持ちかける。ライバルとも天敵とも言える人の名を出され、今度は夕希が絶句した。


「は?」

何、それ。これから、上条くん、来るとか。全く聞いてないんだけど。




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