夕希side ♯11


 

 

「ちょ、ちょ、多恵子、どういうこと?」

上條くんに恋愛相談とか嫌過ぎるんだけど。

「いや、夕希と約束したあと、たまたま上條からもライン貰って。私、今自社の法務部所属で、一般の社員の法律に関わる相談みたいのやってるのね。つっても、ちゃんと顧問弁護士はいて、私は窓口アシスタントなんだけど。で、まあ、どんな感じ?みたいに聞かれて。

じゃ、夕希もいるし、皆で飲もうよ、みたいな流れになったの」

見た目に反して、相変わらず上條は、法律に関しては勉強熱心な男だ。と言うか多恵子もそんな話が持ち上がってたのなら、最初から言ってくれればいいのに。

「じゃ、じゃあ私は帰るよ…ふたりで法律談義してれば…」

夕希が立ち上がったその時だった。ギイっと今どきレトロな木の扉が開く。薄暗い店内に、琢朗の赤茶色い髪は尚更際立つ。長い前髪の下の瞳を細め、艶艶した赤い口角を上げる。

「糸井サン、麻生さん、こんばんは」

多恵子が「こっちこっち」と手招きしてる横で、夕希は渋い顔で「こんばんは」と挨拶し返した。

「ロコツにイヤな顔しなくても」

琢朗は夕希をからかいながら、多恵子の隣に腰掛ける。

「別に嫌な顔なんて…ただ、上條くんでもこういうとこ来るんだ~って思っただけ」

「麻生さんの誘いなら断れないからね」

夕希の嫌味もさらっと流して、琢朗はシルバーブレスのついた左手を挙げて、をオーダーする。

3人で「乾杯」とグラスを合わせてみたけれど、何のための乾杯なのか、夕希には理解不能だ。

 

「上條ってさあ、今、彼女いた?」

本気で琢朗に相談するつもりなのか、多恵子はそんな質問を琢朗に投げる。

「いないよ」

ただの炭酸水のように琢朗はビールをぐいと三分の一くらい飲んでしまう。…そういえば、強いんだった。

「今、そんな色恋に気ぃ取られてるわけ行かないし」

「だよねえ」

多恵子も同調して、ぐいっとモスコミュールを煽る。ふたりはがっつり飲みモードだ。法曹について語るんじゃなかったのか? 夕希も自棄になって、最初の一杯を空にした。

すぐにお代わりをして、二杯目も無くなって、おかわりをどうしようか夕希が悩み出した時だった。

「ねえねえ、上條。夕希彼氏出来たらしいよ、知ってた?」

完全にデキ上がってる多恵子がそんなことを言い出した。

 

 

(今言うか?)

けれど、夕希の脳みそもだいぶアルコールに侵食されていて、まるで他人事のように、多恵子の話を聞いていた。

「え、そうなの?」

琢朗はすぐに夕希の裏を取る。しかし、夕希もすでにアルコールに脳みそが侵食されてる。やたらハイテンションになっていて、ゴキゲンに言う。

「そうだよお。淳さんって言って、超やっさし~の」

普段だったら、上條相手になんて絶対言わないような惚気全開になってしまう。

「ふーん、そうなんだ」

琢朗だけは冷静に夕希の言葉に頷いて、ジントニックを静かに飲んだ。

「でねでね。付き合って1ヶ月経つのに、未だ最後までしてないんだって。そういうのって、どう思う? 上條」

酒の席とは言え、いや、だからなのか、あけすけな相談を多恵子は琢朗にする。琢朗の方が、寧ろ一瞬照れて頬を赤くした。

「どうって…」

「男性心理的にはどうなの? 大事にしたいとか、あんまり好みじゃないとか…」

 

酔った多恵子は触れにくい話題を、がんがん琢朗に迫る。琢朗の方がその勢いと内容に苦笑いしてる。

「も、もういいよお、多恵子」

夕希の方が多恵子の袖を引っ張って止めに入った時だった。

「――深入りしたくない、責任を負いたくない――とか?」

ぽつっと琢朗が言った言葉に、アルコールの靄に包まれてた夕希の脳内は、水を浴びせられたかのように、一気に冷めた。

 

「……っ」

 

けれど、それは夕希にとって、肯定しにくい回答だった。

そんなわけない。けれど、論理的に反論出来ずに、夕希はもっとも子どもじみた行動に走る。

「私、先に帰る…」

足元のバスケットからショルダーを取って、五千円札を一枚置くと、夕希はカウンターから離れる

「糸井さん」

背中を向けた夕希の腕を、琢朗が座ったまま掴んだ。

「…離して…」

「客観的になれない人は、うまく行かないよ? ――弁護も、恋愛も」

「…冷静だよ…」

「あんまりさ、失望させないでよ」

「何、それ…」

もう一方の手で琢朗の腕を制すると、琢朗はあっさりとその腕に込めた力を抜いた。夕希は「先に帰るね、ごめんね。多恵子」と多恵子にだけ謝って、店を後にした。

 

 

ほろ酔気分はとっくに冷めていて、怒りに任せた早足で駅までの道を急いだ。まだ終電には間に合うはずだ。

駅のホームでスマホを確かめる。

ラインの未読が5件もあった。ひとつは多恵子からで、夕希を気遣ったもの。もう3つはゼミの連絡のグループトーク。そして最後は…

(淳さんからだ)

 

――今日休み? レジ見たらいないから

と、ワンちゃんが滂沱の涙を流すイラストのスタンプつき。大げさな表現にくすっと笑う。

 

さっきまで波立ってた心が穏やかに凪いでいく。彼が好きだから、些細な言動でも微笑ましくなるのか、夕希の心を優しくさせてくれるから、彼が好きなのか、夕希にはよくわからない。

けれど、淳の存在に自分はいつも救われてる――何も知らない多恵子や琢朗に、ああだこうだと言われたくない。

 

――今日はお休み代わってもらったんです。友だちと飲んでました

レスを送ると、すぐに男?女?なんて、心配したようなメッセージが送られてくる。

電車はまだ来ないようだ。踏切故障で10分程遅れるとアナウンスが流れてる。スピーカーから遠ざかって、夕希は通話のボタンを押した。

夕希のメッセージを待ってたらしい淳弥はすぐに出た。

 

「夕希ちゃん? 飲み会は?」

「もう終わりました」

「あ、そうなんだ」

「男1、女2です。みんな法科の友達なんですけど――安心しました?」

精度のいいとは言えないスピーカーが淳弥のふうっというため息と、クスッという笑いを一緒に拾って、夕希の耳に届ける。

 

「…意地が悪いなあ、夕希ちゃん」

「そうですか?」

「うん。俺をハラハラさせて楽しい?」

「そんなつもりなかったんです」

それは本当だった。まさかあんな短いメッセージで、淳弥が自分を心配するなんて。

「…あ、もうすぐ電車来るんで、乗りますね。おやすみ…」

「待って」

「おやすみなさい」と別れの挨拶をして、切ろうとした夕希を淳弥が制す。

「…夕希ちゃん、今何処?」

 

 


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