夕希side ♯12


 

夕希がいつも使う駅の改札を抜けると、左脇に腕を組んで淳弥が立ってた。ちょっと決まりが悪そうに笑いながら、「よっ」と手を挙げる。夕希は淳弥の方に走り寄った。

「…どう、したんですか?」

「ん、ちょっとゴミ袋切らしてて」

「…ずいぶん遠回りしたんですね」

「最近、太り気味だから――って、何言わせんだよ」

コツンと握った拳で軽く頭を叩かれた。淳弥がここにいる理由は、夕希もわかってる。夕希にとっては嬉しいそのわけを、素直に受け止めていいものか惑う気持が、夕希と淳弥の会話を捻くれたぎこちないものにしてしまっている。

「お迎え、ありがとうございます」

「や、うん…」

まともな返事はなかったが、淳弥の手が夕希の手を握る。一緒に帰る証を淳弥に示されて、夕希の胸は熱くなった。

 

いつものように坂の下まで来たところで、夕希は立ち止まる。夕希と淳弥の分岐点。手を離して、私は右に淳さんは左に行かないと。

でも、夕希が離そうとした手を、淳弥は追い掛けてきて、もう一度握り直した。

熱い掌が夕希の手を包み込む。

 

「…じゅん、さん…?」

「うちにおいでよ。俺、夕希ちゃんともうちょっといたいな」

指をイジられながら、淳弥に言われると、夕希の判断力はもう霧の中のようにくぐもってしまう。

「…いい、ですよ?」

再び手を繋いで同じ道を歩き始める。

 

 

「散らかってるけどどうぞ」

照れくさそうに笑いながら、淳弥は夕希を部屋に上げる。謙遜じゃなくて、本当に散らかってる。脱いだ衣服はラグの上に放置されてるし、テーブルの上には、食器が置いたままだし。

(この間来た時は綺麗だったのに…)

忙しいのかな。夕希はくすっと笑いながら、手近にあったものを差し障りない程度に片付け始める。

床の上の衣類をたたんだり、食器を重ねて、キッチンに持って行ったり。湯を沸かしてた淳弥は「汚くてごめんね」と苦笑いする。

「あ、気にしないです。私も、毎日掃除機掛けるタイプの人間じゃないので」

「仕事あると、つい億劫になっちゃって」

「わかります。私なんて、帰宅の時間帯が時間帯だから、尚更…」

会話をしながら、夕希は手早く淳弥の部屋のセンターにあるテーブルの上の雑多なものを片す。仕事の書類、ハサミ、ミントタブレット。何故あるのかわからないが、スノードーム。窓ぎわのカラーボックスにはまだ空きがあったから、そこに書類などはそこに収めていく。その時、A4のコピー用紙に紛れて、ピンク色の封筒がはらりと落ちた。

(…手紙?)

これは書類と一緒にしまってしまったらまずいと思い、夕希は何気なくその封筒を拾い上げる。鮮やかなピンクに鮮やかに桜の花びらが舞っている封筒の上に綴られた文字が、夕希の目に飛び込んでくる。

 

――広島県呉市……

淳弥が故郷だと言っていた地の名前が、やわらかな女性の文字で認められている。名前は峰麻衣香。どういう繋がりかはわからないが、淳弥と同じ名字の女性からだった。

(峰麻衣香…)

カメラのシャッターでも切ったかのように、夕希の瞳は一瞬でその名を脳裏に焼き付ける

母、姉、妹、親戚…彼と同じ名字の女性になるあらゆる可能性を、夕希は幾つも思い浮かべる。

(…奥さん、とか?)

そう思い至った時、桜色の包みが夕希の視界で揺れて、夕希は自分の手の震えを知る。

そんなわけない。夕希の思考は必死にその可能性を否定するのに、指先の震えは収まらなかった。

 

 


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