夕希side ♯14


 

「おやすみなさい」

「…うん、お休み」

 

ほっとしたように、淳弥は返して、ちゅっと額に唇を落とす。

次の朝、夕希は淳弥の腕の中で目を覚ました。

 

 

一晩中腕枕されてたせいか、少し首の後ろが凝ってる。…でも、痛みを遥かに上回る想いが、夕希の中を駆け巡る。昨夜、何度も聞いた夕希への愛の言葉や、受け止めた淳弥の分身の熱さも。

思い出すだけで、再び身体が火照ってくる。

(…う、私、えっちだ…)

パンパンと頬を叩いて、眠ってる淳弥に声を掛ける。

 

「淳さ~ん、朝ですよ」

「…ん、あ、夕希ちゃん、おはよ…」

「おはようございます」

「朝から元気だね」

「昨日はぐっすり眠れたので」

「…そう、なら良かった」

淳弥は眠そうにしながらも、満足そうににこっと笑った。

 

前回はオムレツだったから、今日は目玉焼きとトーストとコンソメのスープにした。

淳弥は新聞を読みながら、トーストを頬張る。あ、パンくず唇の端っこについてる。行儀悪いが、何故か微笑ましくなってしまうのは、彼のそんな無防備な姿を知ってるのは自分だけだと思うからだろうか。

「何、見てんの?」

新聞越しに視線を感じたか、淳弥が新聞をずらして、夕希を軽く睨んでくる。

「なんでもないです」

「あんまり物珍しげに見ないでよ」

と、また淳弥は顔を新聞で覆ってしまう。けれど、再び淳弥は新聞を下げて、今度は夕希に真っ直ぐ視線を向けてきた。

「…今度、何処か遊びに行こうか?」

「え? 連れてってくれるんですか?」

朝から思いがけない淳弥からの誘いに、夕希はちょっと興奮気味になる。

「夕希ちゃん、何が好き? 考えたら、俺、そういうのぜんぜん知らないいや:

「…私も、淳さんのこと、何も知らないです」

「…俺のことは、いいよ。つまんない奴だから」

「そんなことないですよ」

 

夕希の力いっぱいの否定に、淳弥は苦笑いした。お世辞や慰めじゃないのにな。優しいし、夕希にとっては魅力的に映るのに。

「何処がいいか、考えておいて」

「はい」

何処行こうかな。そういえば、ずっと遊びになんて行ってない。たまには…いいよね? 息抜きだって必要だもん。

 

 

朝食を済ませ、淳弥とほぼ同時に家を出る。

「すみません、バイトあるんでお先です」

「うん、頑張ってね」

「はい」

立ち漕ぎで、夕希は楽々と坂道を上がっていった。

 

 

週末の日曜。法科院はお休みしてしまって、アルバイトも他の人と代わって貰った。今日は、フリー。一日、淳弥と過ごせる。

天気まで、夕希の気持ちを代弁するように、梅雨の晴れ間が広がっていた。

淳弥とは駅で待ち合わせだった。淳弥はもう待っていて、改札脇の壁にもたれて、スマホを弄ってる。夕希は素早く駆け寄った。

 

「おはようございます」

「おはよ、夕希ちゃん。昨日は仕事でしょ? 朝早いのに眠くない?」

「バッチリですよお」

「若いっていいなあ」

「淳さんだって、同じ20代じゃないですか」

「前半と後半には大きな隔たりがね…」

そんな話をしながら、自動改札を抜け、ホームに向かう。この駅はのぼりも下りも同じホームだ。

 

「で、何処行くんだっけ」

電光掲示板を見上げて、淳弥が呟く。上りの電車の方が、先に来るようだ。

「あ、映画が観たいな、って思ったんですけど」

「じゃ、シネコンのあるショッピングセンターでも行く? でも、そんなんでいいの? せっかくお天気もいいのに」

「いいんです」

乗り込んだ電車が発車する際に、夕希の身体がぐらっと揺れて、淳弥はすかさず、夕希の手を取って支えてくれた。安定走行になった後も、繋いだままの手。その温もりが夕希に何よりも自信を与えてくれる。

 

淳弥と訪れたのは、初めて降りた駅だった。駅の改札を抜け、プロムナードから直結のショッピングモールは、休日ということもあって、大混雑だった。満員のエレベーターで最上階に行き。

「あ、私これ観たいんです」

映画館入り口にポスターを見つけて、夕希がはしゃぐ。

「…え、これ?」

地味な想定のポスターに淳弥は驚いた声を出した。

夕希が観たい、と言ったのは、犯罪心理学を扱ったサイコミステリー。残虐なシーンもあるからR指定がついてる。

「あ、ダメですか?」

「しっぶいなあ。俺はいいけどさ」

「こういうの大好きなんです」

「女の子って、ラブストーリーばっかりかと思ったよ」

苦笑いしながら、淳弥は券売機で中央よりのシートを選んで買ってくれた。

 

 

「ポップコーン買ってきていいですか?」

「うん。あ、俺、コーラ欲しい」

「了解です」

3時間に渡る映画は、夕希には面白かったが、淳弥は途中少し中だるみしたのか、うとうとしてた

「今度は淳さんの好きな映画にしますね」

「いや、面白かったんだけどさ…時々何故か意識不明に。あ、でも犯人もトリックもわかったよ?」

感想を言い合いながら、映画館の外に出る。ちょうどお昼時で、「ご飯にします?」なんていいながら、最上階のレストランフロアを歩いたが、何処も長蛇の列だった。

「混んでるなあ…」

「ですね」

レストランは諦めて、一階にあるカフェやフードコートの方を探すことにした。たまたまテラスに空席を見つけて、夕希と淳弥はそこでコーヒーとバケットサンドの軽めの昼食を摂ることにした。

 

 

「いただきま~す」

夕希が手を合わせて、食べようとした時だった。淳弥のスマホが着信を知らせた。

「誰だよ」

迷惑そうにいいながら、淳弥はスマホをハーフパンツのポケットから出して、ディスプレイを眺めて、淳弥の目は画面に釘付けになった。淳弥の顔つきから、それまでの柔和さが消える。

「…ごめん、夕希ちゃん。先に食べてて」

スマホを持ったまま、淳弥はオープンテラス席の隅っこの方に行ってしまった。

 

「先に…って」

食べられるわけがない。

夕希は落ち着かない気持ちで、席に座ったまんま、淳弥の方を見つめる。

「え? 結衣が?」

会話の中で、トーンが上がったその台詞だけ、夕希の耳ははっきりと拾った。

(ユイ…)

女性の名前だ。咄嗟に浮かんだのは、先日の手紙だ。――関係あるのかな? 

 

図ってか偶然か、淳弥は夕希に背を向けてしまっていて、その後の会話の内容は全く掴めない。

 

ざわざわと落ち着かない気持ちだけが、夕希の中で膨らむ。その時だった。

 

 

「何、してんの? 糸井さん」

 

淳弥しか目に入ってなかった夕希は、周囲に全く注意を払ってなかったから、気づかなかった。呼ばれて漸く振り返ると、琢朗が憮然と夕希を睨みつけてた。

 

 


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