♯15


 

(やばい、サボってるのバレちゃった)

別に、琢朗は指導員でも講師でもない。彼に見咎められたからって、まずいことは何ひとつないのに、講義をサボったという罪悪感が夕希を焦らせる。

「余裕だね」

皮肉に笑って、琢朗は夕希の隣の席に腰掛ける。テーブルの上には、二人分のサンドイッチとコーヒー。夕希に連れがいることは明白なのに

「ちょ、ちょっと急用があって」

「ふーん」

と琢朗は夕希の姿を上から下まで眺める。肘までまくったGジャンにミリタリーカラーのだぼついたカーゴパンツ。背中の黒いリュックは教材が山程入ってるのだろう、ずっしりと重たそうだ。

対して、普段は動きやすいパンツスタイルにぺたんこ靴ばっかりなのに、今日は五分袖のロングカーディガンに黒いミニを合わせ、サンダルの夕希。

「デート?」

察してるんだったら、どいて欲しい。淳さんが戻って来ちゃったら…。夕希は琢朗に目で訴えるが、気づいていないのか、敢えてのスルーなのか、琢朗は夕希の隣に陣取ったまま、動こうとしない。

「上條くん…」

「何? 顔くらい拝ませてよ。糸井さんの彼氏。最後までしてもらった?」

酒の席での話題を、こんな白昼に持ちだされ、夕希の顔はかあぁっと熱くなった。

「上條くんには関係ないっ」

「相談されたんだから、その顛末を知りたいのは当然でしょ?」

「……」

…そういうの困る…」

はっきり迷惑だと口にしても、琢朗は居座ってる。沈黙だけが流れる空間は、時の流れまで止まったかのように思えた。

実質は5分と経っていないが、夕希には15分にも30分にも思えた時間のが経過してから、淳弥が戻ってきた。

「夕希ちゃん、ごめん」

スマホを胸ポケットに仕舞いながら戻って来た淳弥は、琢朗の存在に首を傾げた。

 

「こんにちは」

不審げな淳弥に、琢朗はにっこりと挨拶をする。

「僕、糸井さんの学友で上條琢朗って言います。糸井さんにはいつも、お世話になってます」

「あ、ああ…そうなんだ。峰です」

頷きながら、淳弥は夕希に目配せをしながら、先ほどの席に着く。何なの?コイツ。いつもは柔和な峰の瞳がそう言ってる。

「あ、もう帰りますので、お気遣いなく。今日、糸井さん、学校出て来なかったから気になって」

琢朗はゆっくりと立ち上がる。夕希は心底、ほっとした。

 

「じゃあね、糸井さん。もうサボっちゃダメだよ」

「わかってますっ」

悠然と琢朗が立ち去った後も、夕希と淳弥の間の空気はぎこちない。

 

「ねえ、結局何がしたかったの? 彼」

「よくわかんないです」

「変わった友達だね」

「そ、そうなんです」

「もしかして、夕希ちゃんに気があるのかな」

「まさかまさかっ。ライバル且つ天敵です。あ、勿論法律の」

「そうなんだ」

ははっ、と笑ったあとで「食べようか」と淳弥は冷めてしまったコーヒーのコップを手に取る。

「あ、はい…電話、何処からだったんですか?」

 

これくらい聞いてもいいよね? 夕希は上目遣いに淳弥の様子を窺いながら尋ねた。

「会社から。ごめんね、中座しちゃって」

淳弥はさらっと夕希の疑問に答える。

「え?」と問い返したくなったが、夕希は反射的に声を飲み込んだ。

『ユイが…』

会社に由比さんて人がいるのかもしれない。そう思い込もうとしても、夕希の中で疑惑は消えない。

 

 

その日、淳弥のアパートを訪れた時、淳弥の目を盗んで、夕希はこの間の手紙を探す。基本、大雑把な淳弥らしく夕希が片付けた場所に、そのまま桜色の封筒は置いてあった。

これが悪いことだって言うのはわかってる。

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい)

心の中で何度も謝りながら、封筒の中身をそっと取り出す。手紙の内容は他愛ないもので、殆どがユイって子の日々のことだった。

 

――幼稚園に行くようになりました。お弁当は今のところ、残さず食べてくれてます。お友達も出来たみたいです。

そんなことが細いボールペン字で綴られてる。最後は。

――淳くんも元気でね。

 

と締められてる。そして、同封にの写真には、幼稚園の夏服を着て笑う女の子の姿と、彼女の小さな肩に手を置いて、背後に立つ母親らしい女性の姿が映ってた――

 

夕希はその写真を穴が空くほど見つめた。

女性は長い髪を片側に三つ編みにして、襟元に垂らしてる。括ったシュシュは淡いピンク色。服装もパステルでまとめられてる。

綺麗な、そして女性らしい人だ…。

 

(この子が、ユイちゃん…。そしてこの人が麻衣香さん…?)

淳弥にとってどんな関係なのかは、手紙だけでは不明だが、親しい人であることに間違いはないだろう。

真実を知りたい気持ちと、目を背けたい気持ちが、夕希の中で交錯する。淳弥は夕希を騙してるのだろうか…いや、騙してるとは言えないのかもしれない。

 

ただ、言わなければいけないことを黙っているだけ。いや、違う。電話の相手が家族だったことを、会社のからの電話だと偽ったではないか。

 

夕希がこの手紙と、写真を淳弥に見せたとして。

真実を告げてくれるのだろうか…。

 

どう、しよう。もしもこの女性と女の子が、夕希の考えてる通りの人たちなら、自分はとんでもない過ちを犯したことになる…。

 

「……っ」

声が漏れそうで、震える手で口元を抑えた。

 


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