家族になりたい ♯1


 

血のつながりのある人が『家族』なのか、一緒に住んでる人を『家族』というのか。

 

 

人によっては、それは考えたり問いかけたりするまでもない当たり前のことなのかもしれない。ふたつの前提が、イコールでむすばれる人も多いだろう。

けれど…どうやらうちは違うらしい。

父と母。そして生意気だけど可愛い妹。ありふれた、けれど平穏な家庭だと信じていたのに、中学3年生にして、突如知ってしまったその事実は、暁の心と態度を大いに迷わせた。

 

 

 

 

 

小学校1年生だったか2年生だった時、暁は「僕のお父さん」というタイトルで作文を書いたことがある。

 

「僕のお父さんは弁護士をしています。弁護士というのは、簡単に言うと、困ってる人を法律の力を使って助けるお仕事です。

この間も、困ってる人がお父さんのところに来てました。帰る時その人は泣いてたので、なんとしても助けてあげてほしいです。でも、お父さんに仕事を依頼してくる人は、大体お金にも困ってるので、あんまりお金がもらえないみたいです。

だから、お父さんには沢山お仕事をして、たくさんの人からお金を少しずつもらえばいいと思います。僕はお父さんをそんけいしてるし、大好きです」

 

これを学校の授業参観で読み上げたから、教室はどっと笑いに包まれた。けれど、拍手も貰ったから、お調子者の暁は得意満面で教室の後ろの方にいるだろう父を振り返った。だが、父の反応は暁の想像とは違っていた。

父は――父は他の父兄のように笑ってはいなかった。ちょっとだけ目が赤くて、お父さん、どうしたんだろう…と、不安になったのを今も覚えている。

もしかしてあの時、父は泣いていたのかもしれない。

 

そしてその理由として、思い当たるものに、今、暁はぶち当たっていた――。

 

深夜2時。暁以外の家族は既に寝入ってしまっている。受験勉強と言いつつ、机の上に開かれた問題集は先ほどから、ちっとも進んでいない。

暁が見ていたのは、教科書でも参考書でもなかった。

眺めていた用紙をはらりと肩越しに投げ捨て、暁はベッドに倒れ込んだ。

ひとつは暁の子供のときの作文。そしてもうひとつは――『上條暁』の戸籍謄本だった。

 

 

 

父と母は法科大学院を卒業してすぐに結婚。そして出産――その年に、父の琢朗は、そして母の夕希は父から遅れること3年の後に、司法試験に合格し、弁護士となり、今では共同で事務所を立ち上げ、夫婦協力しながら、小さな事務所を守っている。

 

これが暁の知る、父と母の結婚に至る経緯だ。入籍と自分の出産までの期間は、めちゃくちゃ狭い。院生とはいえ、卒業後すぐ…それも、目下の大事である司法試験のごたごたを押してまでの結婚は、つまり自分の存在がこの世に生まれたからであろう…と父と母に聞くでもなく、いつからか定かではないが、暁は察していた。

けれど…。

 

 

暁がその内緒話を漏れ聞いてしまったのは、正月に祖父と祖母の家に行ったときの話だ。琢朗は忙しいから、松の内が明けるのを待たず、横浜に帰ってしまったが、琢朗以外の夕希、朝香、暁の3人は引き続き、清水に残っていた。

 

漁師ということもあって、清水の祖父母は夜が早く朝も早い。夜の10時に床につけと言われても、現代っ子都会っ子の暁には、なかなか馴染めない生活スタイルだ。その夜も、いったんは眠ってしまったものの、ふいにまだ辺りは真っ暗なのに、目が覚めてしまった。広い客間で母の夕希と妹の朝香は気持ちよさそうに眠っている。暁ももう一度眠ってしまおうと、布団を頭からかぶり、きつく瞼を閉じる。けれど、なかなか寝付けなかった。

20分ほど、布団の中でごろごろしていたが、一向に眠気は襲ってこない。それどころか、頭の芯は冴え冴えとしてくるばかりだ。

 

(あー、もういいや)

諦めて起き上がり、水でも飲もうと台所に繋がる廊下に出る。祖父母はもう起きているのか、隣の部屋の明かりが漏れ、廊下に一筋の道を作りだしている。そっと覗くと、祖父母は小さなちゃぶ台にふたりで向かい合って話をしている。

(やった)

ばあちゃんに言って、お茶と…出来たら、おにぎりかなんか貰お。空腹も覚え始めていた暁はそんなことを思い、ふすまに手を掛ける。

けれど、その襖を真横に引く前に、暁は手を止めてしまった。自分の名前が会話に出ていたからだ。

 

「暁も、朝香もいい子に育って、本当に良かったねえ」

ふうと湯呑のお茶を飲みながら、祖母の素子が呟く。

「そうだなあ。特に暁は心配だったが…琢朗くんは、本当によくやってくれてる」

日ごろ狷介な祖父、まで父をべた褒めしている。世辞と嘘が大嫌いな男だ。これが、本心からの言葉だというのは、暁にも手に取るようにわかり、そして嬉しかった。

もう、作文に認めたり、言葉でいちいち伝えたりしないが、やはり琢朗は今も、暁にとっては尊敬できる父だ。その父が舅と姑に褒められているのは、息子としても鼻が高い。

襖の陰で、ほくそ笑んでた暁だったが、次の瞬間、緩んでた口元を大きく開け、息をのみそうになって、慌てて口元を抑えた。

「本当にねえ…夕希があんな男の子供を身ごもったときは、どうしようかと思ったからねえ」

(な、んだって…?)

あんな男。

前後の会話から考えて、それは父と同じ人を示すものではあるまい。

 

今日まで白だと信じてたものが、急に黒く塗りつぶされた思いだ。知らず知らず震えていたらしい、ガタガタと背中を預けていた襖が震える。

「…誰かいるの?」

不審に思った素子が襖を開ける。膝から崩れて床に座り込んでいた孫を見つけて、彼女は彼女で「あ」といったまま、気まずそうに口をつぐんだ。