家族になりたい ♯2


「…俺、父さんの子どもじゃないの?」

部屋に招き入れられてから、暁は面と向かって祖父母に聞いた。

「……」

微妙な沈黙が流れる6畳の和室。祖父も祖母も困ったように目を見合わせている。

けれど、祖母の方が、先に口を開いた。

「何言ってるの? 暁。貴方は琢朗さんの子よ」

不自然な笑顔を作りながら、素子はそう言い切った。暁の勘違いで押し切ろうという肚らしい。

「でも今…」

「貴方の聞き違いよ。心配なら、戸籍でもなんでも調べてみたらいいわ」

暁はなおも食い下がったが、祖父母はその後は頑として口を割ってくれることはなかった。

 

横浜に戻ってから、暁は祖母の助言通り、役所に行ってみた。

必要事項に記入し、戸籍を受け取る。

心臓が潰れそうになるほど、ドキドキしながら目で追った文字には、父は上條琢朗、母は上條夕希。暁が知る上條の人たちが、暁が知るように書かれているだけだ。

「な、んだ…」

拍子抜けってこのことだ。そりゃそうだ。ドラマみたいな話なんて、そうそう転がっているわけない。

これでほっと安心できるはずなのに、なにか釈然としない思いが、暁の中に残っていた。

 

 

~☆~★~☆~★~☆~

 

 

(この戸籍の通り、俺は本当に上條琢朗の子なのかな…)

ゴロンと左向きに寝返りを打つと、さっき投げた用紙を巻き込んだらしく、背中でくしゃと紙が折れる音がした。

大事な公的な書類だが、まあ、いい。暁はすっかり投げやりな気持ちになっていた。

 

公的書類に記載されている事実を鵜呑みにすればいいのはわかっている。けれど、暁の耳にあの夜の祖父母の会話がこびりついて離れないのは、自分なりに漠然と抱いていた疑惑があったからではないのか…?

(父と自分を似ていると思ったことは、一度もない)

 

あの日から、ずっと居場所がないような気がしてる。

自分がなにものなのか、今まで白だと信じてた世界が黒く濁って見えてしまうような…。所謂中二病というやつなのだろうか。

 

 

ふて寝で暁はいつしか眠ってしまっていたらしい。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

次に目を覚ましたのは、妹の声と肩に掛かった手のぬくもりによってだった。

 

「うわ、朝香」

ぱちりと目を開けると、妹の顔が間近にあった。

「…お兄ちゃん、お布団もかけないで寝てると、風邪ひくよ」

母の夕希とそっくりの口調で、朝香は聞いた風なことを言う。

「平気だよ」

言いながら、足元の毛布を引き寄せた。ぶるっと寒気がしたのだ。言われてみれば、頭もがんがん痛い。もしかして、朝香の言う通り、風邪をひいてしまったかもしれない。

気だるい身体を引きずるように、ダイニングに行く。朝食はもう、テーブルの上に用意されていて、父は新聞を見ながら、コーヒーを啜っていた。

「おはよ、暁」

いつも通りに父から挨拶されて、暁は何となく気まずくて、「…はよ」と低い声で返してから、席に着いた。

 

白いプレートの上には、ミニトマトとルッコラのサラダ、それにスクランブルエッグが載っている。あとで、トーストも追加されるのが、上條家の朝ごはんだが、今日は食欲もなかった。

「…俺、朝飯いらない」

プレートを奥に追いやると、夕希と朝香からけたたましく詮索された。

「どうしたの、暁。具合悪いの?」

「お兄ちゃんが朝ごはん食べないなんて」

「牛乳だけでも飲んで行ったら? それとも、ヨーグルトとか食べる?」

「ってかお兄ちゃん熱あるんじゃない?」

「え? そうなの?」

「平気だよ、ちょっと頭痛するだけ」

「じゃ、鎮痛剤出すから、やっぱり何か食べなさい」

あー、うざ。煩わしい。

母は心配症で、妹は口うるさい。そしてそのやりとりをニヤニヤしながら見守る父。

そういうごくありふれた家族だ。つい先日まではそう信じていた。

 

けど…と、ちょっと斜めから物事を見てしまう。

俺と半分しか血がつながってないかもしれないと知ったら、朝香はどう思うんだろう。

俺が、そんなことを疑ってると知ったら…父さんも母さんも悲しむのかな。

 

自分の胸だけに収めておいた方がいいのかもしれない…と思いつつ、もやもやした思いは取れそうにない。

「父さん」

「ん?」

「あのさ…今日って忙しい?」

「何だ、突然」

要領を得ない暁の質問に琢朗は笑う。

「いやちょっと」

「午前中は裁判所に行く用事があって、その帰りに相談に伺わなきゃいけないクライアントがいる。夕方遅くだったら事務所にいると思う」

立ち上がり、食べ終えた食器をシンクに持っていきながら、琢朗が言う。暁は琢朗の予定を脳に刻んだ。ああいう言い方をするということは、事務所に来いってことなのだろう。

家の中では話しにくいという暁の心情を、琢朗は慮ってくれている。

薬を飲んで、いつも通りに学校に行く。

そして、帰りに暁は父の事務所を訪れた。

 

 

父の事務所は古いビルの4階にある。壁一面に本棚が並んで、六法全書とか裁判の判例集とか、小難しそうなタイトルが並んでる。

ここに足を踏み入れたのは、3回くらいしかない。しかも一度は、もう事務所の休みの日に琢朗が忘れ物を取りに行くのに付き合った時だ。

小さな事務所だが、事務の女性はひとりいて、暁がおずおずと入っていくと。

「先生から伺ってます。こちらにどうぞ」

と、一般の普通の客と同じように、奥の面談室のようなところに案内された。

この部屋に入ったのは、初めてだ。暁はきょろきょろと部屋を見回した。事務所はまるで役所みたいな殺風景さだが、こちらの部屋は窓も広く取られ、観葉植物もおかれ、壁には絵も飾られてる。今、暁が腰を下ろしているソファも、クッションは分厚くやわらかで、座り心地はとてもいい。

相談に赴いた人がリラックスできるような空間にしているのだろう。

琢朗はこういうセンスがいいとは言えないから、母の夕希の趣味か、あるいは専門のインテリアコーディネーターにでも頼むのか。

ここに来た目的も忘れ、暁がとりとめのないことを考えていると、琢朗が入ってきた。

 

「待たせたな」

自ら持ってきたコーヒーをふたつ、テーブルの上に置くと、琢朗は暁の向かいのひとり用のソファに腰かけた。

 

ダークグレーのスーツにワインレッドのネクタイが似合ってる。夕希が言うには、昔はめちゃくちゃチャラい恰好してたというが、そんな姿は想像できないくらい、父はかっこいいし、やはり今も暁の自慢だ。

(本当に俺と血、つながってるのかな…)

父とまともに目を合わせるのが怖くて、暁は自分と父の間の黒いテーブルに視線を落とした。

 

「朝、具合が悪いって言っていたが、大丈夫なのか?」

コーヒーにスティックシュガーをさらさら入れる、その手元が目に入った。父は甘党なのは知ってる。けれど、仕事場で見るせいか、スーツ姿の凛々しさとのギャップのせいか、その行為がおかしくて、暁はぷっと吹き出した。

「何だよ」

「…あ、ううん。なんでもない」

「なら笑うな」

「ごめん」

 

なんか、安心してしまったのだ。家でも仕事場でも変わらない父の行動に。

 

「あの、さ…へんなこと、聞いてもいい?」

「改まって何だ?」

「うん…俺って、本当に父さんの子なのかな…」

 

口元に運びかけていたコーヒーのカップを琢朗はかちゃんと、ソーサーの上に戻した。