家族になりたい♯3


 

口元に運びかけていたコーヒーのカップを琢朗はかちゃんと、ソーサーの上に戻した。

 

穴が開くんじゃないかと思うほど、強い眼差しを向けられ、琢朗は苦く笑った。大人になって社会人になって、表情を隠す術に長けてきたと自負していたのに、まだまだだな。

一瞬言葉に詰まり、顔も強張ってしまった。いずれ知ってしまうかもしれないが、可能な限り、暁には秘しておきたい事実であった――彼が夕希と峰淳弥との間に出来た子供だというのは。

 

態勢を立て直し、動揺を抑え、ゆったりと暁に言葉を返す。

 

「どうしていきなりそんなことを?」

はぐらかされたと思ったのだろう。暁は逆に不満を顔に表したまま、ぶっきらぼうに答える。

 

「じーちゃんとばーちゃんが話してた。――琢朗さんには感謝してもしきれないね。って。夕希があんな男の子ども身ごもった時はどうしようかと思ったけれど。って」

「なるほど? けど。あんな男と俺が同一人物でないとは言えないんじゃないか?」

「そういうニュアンスじゃなかった。俺、そのあとすぐにじいちゃんとばあちゃんが話してるとこに入ってって、どういうこと?って問い詰めちゃったんだもん。ふたりともすごく気まずそうに俺から目を逸らして、結局まともに答えてくれなかった」

あー、まああのふたりは…。琢朗の父のように、のらりくらり息子に平然と嘘をつけるようなタイプではないから。沈黙がいちばんの肯定とわかっていても、取り繕えない人たちだ。

 

「これ…」

と暁が持っていた一枚の紙きれに、琢朗は目を向いた。それは、暁の戸籍謄本だった。

暁は戸籍上も琢朗の子どもということになっている。

だから、それに琢朗が困るような事実は記載されていない。けれど、真実を知ろうとする暁の行動力と覚悟の方に驚かされた。いつの間に、そんなに大人になっていたのだろう。

 

「俺の子で、間違いないじゃないか」

「ばかにしないでよ、俺だってもう中3だぜ? DNA鑑定でもついてるならともかく、戸籍謄本が100%の親子関係の証明にならないことくらい知ってるぜ」

噛みつかんばかりの勢いで、暁は公の書類の信憑性を根底から覆すようなことを言う。

 

「母さんが妊娠してる間に、父さんと入籍して、その後に出生届け出せば、俺が誰の血を引いた赤ん坊であっても、上條琢朗の子どもになるよね?」

自信満々の理論で琢朗を追い詰める暁に、頼もしさまで覚えてしまう。小手先の嘘では到底太刀打ち出来ない。

 

「その場合、俺は母さんに騙されて、自分の子だと信じて、お前の父親になったあほか、全てを知ってて、アカの他人の子どもの父親になった底抜けのお人よしかのどっちかになるな」

のらりくらりと琢朗は暁が求める回答を避ける。このわざと焦らして相手の反応見るとこ、俺も親父に似てきたかもしれない。言ってから、もやっとした気持ちになったが、もう遅い。

暁は琢朗への苛立ちを滲ませながら、もう一度迫る。

「ねえ。教えてよ」

 

縋るような瞳は、きっと暁も己の立場が不安なのかもしれない。

大丈夫だ、心配するな。お前は俺の子だよ――たとえ血なんてつながってなくてもな。

 

「その前に聞いていいか? どうして俺にこれを聞いてきた?」

「……」

質問が意外だったのか、自分でも考えもしない無意識の行動だったのか、暁の瞳が大きく見開かれた。

「俺は何も知らない、って可能性もあるんだから、母さんから聞くべきだと思うんだが」

「そうだね…」

答えに詰まり、暁はいったん、瞼を伏せる。長いまつ毛、浅黒い肌。やはり、暁は峰淳弥の面影を残している。けれど、かつての恋敵への嫉妬なんて、15年も経った今はとうにない。むしろ、夕希と自分を繋ぐ暁という存在を残してくれた彼に、感謝すらしてるくらいだ。

 

頬杖をついて、琢朗はじっくりと暁の答えを待つ。目を見開いて、彼ははっきりこう言った。

「だけど…父さんの方が誤魔化さないんじゃないか、って思ったんだ」

 

 

夜、暁と朝香が部屋に入ってから、琢朗は夕希を散歩に誘った。

「どうしたの? 珍しいね」

意外そうにしながらも、夕希は喜々としてついてきた。

少し冷たくなった風が、ふたりの首筋をかすめていく。もうあと数か月で今年も終わる。年が明けたら、暁はすぐに受験だ。あまり勉強は好きじゃないらしく、彼が志望校にしているのは、サッカーが強いことで有名な私立高校だ。

「どうして、母さんも父さんも頭いいのに、俺はばかなんだろうな」と暁が自虐的に言うのに苦笑いしたこともあった。

一方の朝香は勉強が得意で、さらに弁も立つ。彼女は両親と同じ弁護士の道を目指してるらしい。一家の中で、暁はちょっと浮いた存在だ。それも、彼が戸籍を調べたりした一因なのだろうか。

 

 

「今日、暁に聞かれたんだ。俺は、本当に父さんの子なの?って」

事務所での暁の真剣な眼差しを思い出しながら、琢朗は夕希に今日の顛末を語る。今度は、夕希の顔色が蒼白になった。

「琢朗…それ、なんて答えたの?」

 

琢朗が隠し続けたい事実を、暁には知る権利もあるのだ。

暁に言われてから、ずっと考え抜いていたことを、琢朗は夕希にぶつける。

危険な賭けだということは、琢朗も承知している。下手したら、暁はもう二度と琢朗を父と認めてはくれないかもしれない。

でも、暁は言ってくれた。

『父さんの方が誤魔化さないんじゃないかと思って』って。

ちゃんと信頼されてる。一度ぐらぐらっと揺れても、立て直せるだけの地盤が、自分と暁の間にはきっとある。

暁と一緒の15年を思い返しながら、琢朗は固めた決意を夕希に告げた。