家族になりたい ♯4


 

 

「夕希、俺さ、峰さんのこと、暁に話そうと思うんだ」

 

 

月光の淡い光の中で見る琢朗の顔は清々しくて、夕希にはちょっと眩しいくらいだ。

淳弥との日々、自分が犯してしまった罪。それらを自分の子どもに知られるというのは面はゆい。けれど、自分の蒔いた種なのだ。

いつかこんな形で罪の告白をしなきゃいけなくなるなんてことは、暁のエコー写真を見たときには、想像すらしなかった。

夕希はちょっと困ったように微笑んでから、そっと琢朗の肩に額を寄せてきた。

 

「…ん、琢朗はね、そう言うと思った」

何につけても、琢朗はフェアだから。

暁に本心から、真実の開示を求められ、それを子ども相手だからと、ごまかしたりうやむやにしたままにしておいたり。そういうズルいことはしない性格だ。

「困る? まだ何も暁は知らないよ。話濁したままにしてあるから」

琢朗の決意を聞かされたあとで、夕希に逃げ道を示す。

 

「家庭のある人との間の子どもだなんてわかったら…、暁は私を軽蔑するかな…」

淳弥との間に授かった命を生み育ててきたことを、夕希は悔いたことはない。けれど、それは母親側の理屈であり言い分だ。

暁が出生の秘密を知り、どう感じるかは、また違う話だ。

 

 

「だったら、俺は暁を殺そうとしたんだぜ?」

まだ夕希の胎内に新しい命が芽生えたばかりの時のことを、琢朗は口にする。

確かに妊娠を知った当初、琢朗は夕希に堕胎ばかりを勧めていた。もし、あのまま淳弥に再会することがなかったら、夕希も琢朗の考えに折れ、暁をこの世に送り出すことなく葬ってしまっていたかもしれない。

「堕胎は殺人じゃない、って琢朗言ってたのに」

あの頃の彼の説得を夕希は思い起こして、彼の主張の転換にくすりと笑う。

「法律上はそうなんだけど…感情的には『殺人』に近いかな。今、暁がいなかったら…って仮定すると、ぞっとするもん、俺」

「うん」

暁のいない人生。隣に琢朗のいない自分。そのどちらも、夕希には想像しえない世界だ。琢朗の意見に、夕希も大いに同意した。

 

「暁を守ったのは、夕希なんだから。今更、罪の意識なんて持つ必要ない」

琢朗の大きな手が、夕希の髪を滑っていく。20代の頃の艶やかな黒髪ではなくなってきて、夕希の髪にも、生え際に時折、白いものが混じるようになってきている。

狂おしいほどの恋情を感じたことはないままで、夕希は琢朗と結婚した。お腹に他の男の種を宿したままの結婚は、打算の塊のようにもはた目には映ったかもしれない。

けれど15年を経た今、夕希が琢朗に感じるのは、感謝と敬意と、そして静かだけれど、恒久的な愛情だ。仄かに暖かく、あたりを照らす蝋燭のような。

 

「…愛してるの。琢朗も、暁も。もちろん朝香も」

夕希の告白を、琢朗はわかってる、と言いたげに彼女を抱きしめる腕に一層力を

込めた。

歪な形かもしれない。『普通』ではないかもしれない。でも、これが夕希と琢朗の選んだ家族の形、なのだ。

 

 

暁が高校の推薦入学の合格の内定通知をもらってきた日、琢朗は再び事務所に暁を呼び寄せた。学生服のまま、不思議そうに事務所に現れた暁を、夕希とふたりで待っていて、そしてふたりで少しずつ言葉を選んで話しながら、暁に真実を告げた。

 

法科院の時、夕希と付き合ってた男性には実は妻子がいたこと。

だけど、夕希には知らされてなかったその事実を確かめるために、琢朗とふたりで広島まで追っかけていったこと。

彼の奥さんに会ってしまい、しかも彼からは「会社の事務の子だ」と関係を全否定されるようなことを言われて、泣きながら帰ってきたこと。

別れたあとで、暁を妊娠してるのがわかったこと。

ストーカーに夕希が襲われた時、その彼が助けに来てくれて、自分が代わりに刺されたこと。

彼は結婚したいと言ってくれたのに、結局夕希の方が身を引く形で、彼から離れたこと。

 

衝撃的な話を暁は黙って聞いていた。

 

「スゲーな。ドラマみてー」

余りに壮絶過ぎて現実感がわかなかったのか、はらはらしてた夕希と琢朗が拍子抜けするほど、暁はあっさりした感想を漏らす。

「けど、すっきりした」

言葉通りの笑顔を暁が見せ、夕希も琢朗もほっとした。

 

「そっか?」

「うん。結局、父さんは母さんにべたぼれだったってことでOK?」

「……」

「おま、今の話ちゃんと聞いてたか?」

「聞いてたよ~っ。振られ続けても、母さんが良かったんでしょ?」

「放っておけなかったんだよ」

「またまた~」

「オトナをからかうな」

こつんと拳骨で暁の頭頂を軽く小突く。

「朝香にはまだ内緒にしておいてね」

「わーってるよ」

琢朗にぐしゃぐしゃにされた分け目を整えながら、暁はもうひとつ無理難題を吹っかけてきた。

 

「…俺、本当の父さんて人に会ってみたい…無理かな?」