琢朗side #10


 

多恵子はすぐに出てくれた。

「どうしたの? 珍しいね」

と言いつつ、何処か琢朗からの電話を予期していた風でもある。琢朗は、糸井夕希との連絡が途絶えたことを伝え、多恵子にその行く先のアテを尋ねた。

 

「夕希? 知らないよ」

多恵子は最初は空とぼける。けれど平静なその答えがおかしいとすぐにピンと来た。

「嘘つけ。知ってるでしょ。――麻生さんが糸井さんが行方不明って聞いて、慌てないわけないもん」

どうして? とも疑問を挟まないのは不自然すぎる。琢朗が指摘すると、多恵子は押し黙ってしまったらしく、微かな呼吸音だけが、電波を介して流れてくる。

琢朗も無言のまま、彼女の答えを待つ。しばらくして「あーっ、もう。上條くんにだけは言うな、って言われたの」と多恵子はやはり、夕希の行き先を知ってると仄めかす。

やっと掴んだ糸を、琢朗が離すはずもなかった。

「――守秘義務は守るよ」

「いやいや、消去法と可能性の問題ですぐに、私がリークしたってバレるよ。上條、夕希の相手に夕希が妊娠してること、バラしたでしょ」

「……そりゃ、言うでしょ。生むにしても生まないにしても、このままでいいわけないじゃん」

けれど、そのことを夕希が知ってるということは、峰淳弥は夕希に何らかのコンタクトを取ったということになる。

夕希にとって、いい方向か悪い方向かわからないけれど。

 

「まあ、あんたの言うのが正論だけどさあ。女は正論で動かないって言うか…だいたいさあ、いつから夕希と上條、そんな関係に…」

こないだ飲んだ時は普通だったじゃん。と、多恵子はひとりごちてる。

 

 

「じゃあ、麻生さんはあのまま糸井さんがひとりで何もかも抱え込んでれば、いいと思ってる?」

「それは、思ってないよ。夕希だって、ひとりじゃ限界感じたから、両親のとこ…あっ」

勢いで漏らした多恵子の言葉に、琢朗はにやりと笑う。多恵子のとこに転がりこんだとばかり思っていたが、なるほど、両親のところか。

「――糸井さん、実家帰ってるの?」

「……」

「俺に、脅された、って言っていいから。教えて、麻生さん」

しつこく詰め寄ると、多恵子は漸く口を割った。夕希は今、実家の清水に帰っているらしい。

(何で?)

という疑問を多恵子に投げてもしょうがないので、胸にしまっておく。

 

 

清水ならば近い。普通電車でも、日帰り出来る範囲だ。もちろん一刻を争うから、新幹線で行くけれど。多恵子が琢朗にバラしたと、夕希に告げれば、また逃げられる恐れもある。

東京から新幹線と普通列車で2時間。東西の通路があり、駅前には高いマンションもある。琢朗の想像よりも大きな駅だった。何より、富士山が大きいし、裾野までの稜線もはっきりと見える。とりあえずぶらりと歩くと、すぐに海に出れた。

 

(こういう街で、糸井さんは育ったんだ…)

自分がそこにいるのが、なんだか不思議で、そしてくすぐったい。

多恵子に教えて貰った住所を頼りに、琢朗は彼女の家を訪れた。オレンジの屋根にクリーム色の外壁。同じようなデザインの家が、幾つか並んで立ってる住宅密集地。そのうちのひとつ、糸井、と掲げられた表札の家のブザーを琢朗は押す。

出てきたのは、強面の初老の男性で、琢朗が。

「こんにちは、糸井さんの学校の友人で…」と名乗り終わる前に、「うちの娘を傷物にしたのは、お前かぁぁ?」といきなり胸ぐらを掴まれた。

 

 

「いえ…」

琢朗が反論しようとしても。

「男がごちゃごちゃ言い訳するんじゃない」と聞く耳を持ってくれない。

うちの冷めた父親とは全く違う父親像だな。

 

「どうしたの?」

と騒ぎを聞きつけたらしく、2階から夕希が、そして奥から夕希の母親らしい女性が玄関に集まってくる。

 

 

「ちょ、お父さんっ」

階段の途中で、殴りかかられてる琢朗の姿を見て、夕希は目を瞠った。

「…上條、くん…」

「久しぶり、糸井さん」

シャツの襟元を大きな拳でねじりあげられたまま、琢朗は夕希を見上げて、ひきつりつつも笑いかけた。

 


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