エピローグ


遠藤、と掲げてある表札の、ちょっと古めかしい外観のおうちを、酒井とふたりで見上げた。壁は塗りなおしてあるものの、家そのもののデザインなんか古臭い。ここがちぃの新婚生活の拠点なんだ。

 今までちぃの実家の方には、何度も遊びに行ったことあるけど、新居となると話は別だ。私達もよく知ってるあの人と、ここでどんな風に暮らしてるんだろ。 

見ちゃいけない秘密を覗き見するみたいなドキドキとワクワク。

「ここ?」 

酒井が私の顔を見て確かめる。 

「うん。間違いないと思う」

「車ねえな。遠藤ちゃん、まだ帰ってないのか」 

玄関ポーチの横のガレージを酒井は見て、呟く。 

「なんか、いがーい。遠藤ちゃんならもっとおしゃれなマンションとかかと思ってた」

「ちぃの実家の持ち家って聞いてるから…酒井、ブザー押してよ」

「え、俺?」

「うん」 

ふうっと大きく深呼吸した酒井も、ちょっとは緊張してるのかな。一応、元カノの家だし…。

  

ピンポンと押すと、ちぃはすぐに出てきた。ちょっと照れくさそうに「上がって」と促されるままに、スリッパに履き替えて、廊下の突き当りのリビングに向かった。 

無駄なものはなさそうなシンプルなリビングは、ちぃって言うより、遠藤ちゃんの趣味っぽい。ちぃの実家のちぃの部屋は、ポスターとかぬいぐるみとかで、割りとごちゃごちゃしてたから。

  

興味津津に部屋を眺める私たちを、ちぃはちぃでにやにやしながら見てる。

 

「本当にふたり、付き合ってるんだねえ。ねえ、どういう経緯でそうなったの? 何処で再会したとか、あたし、全然聞いてない。卒業するまでは、そんな素振り全くなかったよね」

「え…?」 

ちぃの素朴な質問に、思わず酒井と目を見合わせてしまう。 

「…俺のバイト先に、七海がたまたま来てから?」

「え、酒井くん。バイトしてるの? 何処で?何処で?」 

ちぃが聞いてきた時、玄関のピンポンが再び鳴った。

「あ、けいちゃんだ」 

千帆は、すぐに玄関に飛んでく。  

「ただいま、千帆」 

帰って来たばかりのこの家の主は、駆け寄ってきた千帆の顎を大きな手で掬いあげて、ちゅってリップ音を立てて、ただいまのキスをする。 

うーわー、甘っ。砂吐きそうなくらい、甘っ。

毎日のスキンシップなんだろうけど、今日はいつもと事情が違うから、千帆は恥ずかしそうに「けいちゃん…」と、彼の腕の中で身動いた。

「ん?」

「えっとね、お客様…」 

ちぃに言われて、遠藤ちゃんはやっと、妻以外のものが視界に入ったらしい。 

「ええええええ~、何でいるの、お前らっ」 

苦笑いで廊下に立ってた私を酒井の姿を認めて、遠藤ちゃんは面白いくらい顔色を変えて、うろたえた。…ドッキリ成功?



「千帆さあ、そういうことは予め言ってくれないと困るんだけど」 

元教え子の前で披露してしまったラブシーンが気恥ずかしいのか、遠藤ちゃんは端正な顔を手で覆った。 

「淫行教師」

「うるさいよ、酒井。俺のテリトリーなんだから、千帆に何しようが俺の自由だから。つーか、木塚はわかるけど、何でお前まで引っ付いてきてんの?」

「それも俺の自由じゃない?」

酒井が開き直るのを、遠藤ちゃんはじいっと見てから、にやっと笑った。

「木塚と付き合い始めでもした?」 

遠藤ちゃんの逆襲。ぴたりと言い当てられて、今度は酒井と私がうろたえる番だった。 

「けいちゃん、すごーい、何でわかったの?」

って、千帆は思いっきりネタバラシしてるし。

「いや、木塚が俺と目を合わせようとしないから。疚しいことか照れくさいことあるのかなって」

伊達に教壇から30何人もの生徒の様子見てない。

「驚かないの? 遠藤ちゃん」

酒井は遠藤ちゃんの反応に、不満気に聞く。

「べっつにぃ。男と女のことは何があっても不思議ないし。増して、木塚と酒井だったら、千帆介してお互いよく知ってるんだし、特に驚かないかな…」

着替えてくるよ、と遠藤ちゃんは、一旦2階に上がってしまう。

「なーんだ、つまんないの」

酒井が両手を頭の後ろで組んでぼやいた。よっぽど、遠藤ちゃんから一本取りたかったらしい。

「けいちゃんてぼーっとしてるみたいで、鋭いからなあ」

「まあ俺ほどじゃないけどな」

「そうだね」

ちぃと酒井は楽しげにくすくす笑ってる。

 

「千帆、晩飯何?」

ルームウェアに着替えてきた遠藤ちゃんがちぃに聞く。

「みんなで食べるなら楽しい方がいいかな…と思って、たこ焼きっ。お母さんからたこ焼き器借りてきた」

「千帆、たこ焼き作れるの?」

遠藤ちゃんが意外そうに言う。ちぃの料理の腕って、私も未知数だったから意外だった。でも、千帆はさらっと言う。

「え、あたしは作れないよお。けいちゃんが作るの」

「何で俺?」

「だって、前に文化祭で作ったって言ってたじゃん。けいちゃんのたこ焼き食べた~い。あ、材料はちゃんと用意してあるから大丈夫だよ」

そう言ってちぃは刻んだ生姜やぶつ切りにしたタコが入ったボールと、生地の入ったボール、家庭用の小さめのたこ焼き器をテーブルに並べる。ちぃ、強引過ぎる。 

「……」

 

やだって言いたいのに言えない。遠藤ちゃんの何もかも諦めたような顔がおかしかった。