エピローグ後編


大きな手で細いピック持って、遠藤ちゃんは器用にたこ焼きをひっくり返していく。色の変わり始めたひとつをちぃはつついて、遠藤ちゃんに聞く。

 

 

「けいちゃん、これ食べれるかな」

「それさっき返したばっかりだよ。まだ早い」

「じゃ、これは?」

「できたら、皿に乗っけてやるから、黙って待ってろ」

「はーい」

 

ふたりのやりとりは、兄妹って言うか、親子って言うか…。教室の中のふたりとは全然違う。よく考えたら、私は先生と生徒としてじゃなく、男と女として、ちぃが遠藤ちゃんの傍にいるの初めて見たのかもしれない。

 

 

「おもっしろいよな、ホント遠藤ちゃんて春日の保護者」

 

ふたりを見ながら、くくっと笑う酒井は、こんなふたりの様子も見慣れてるのか。何となく疎外感。

 

ちぃを挟んで、遠藤ちゃんと酒井の間に何があったのか、私は話としては知ってても、当事者じゃなかったから。

 

今更妬くようなことじゃないってわかってるのに、心が沈んで、口数も少なくなっていく…。

 

 

「七海、あーんして」

「へ?」

 

酒井に言われるままに、顔を上げたら、ぽかんと開けた口に、アツアツのたこ焼き放り込まれた。

 

「あ、っつ…」

「ちゃんと冷ましたぜ?」

 

一口大のそれを、口の中で転がして必死に私が冷ましてるのを、酒井はにやにやして見てる。もう。酒井のかばっ。熱いのと恥ずかしいのとで、体温が急上昇してる。

 

 

「けいちゃん、若いっていいねえ」

「そうだな、千帆。ひと目も憚らず、堂々といちゃいちゃ出来るんだもんな」

 

ちぃと遠藤ちゃんは、そんな私たちを見ながら、妙に枯れたことぼやいてるし。

 

たこ焼きが口に入ってて反撃出来ない私の代わりに、酒井が立ち上がる。

 

 

「目の前で、濃厚なキスシーン見せつけた、あんたらに言われたくないっつーのっ」

「酒井がいることなんて知りもしなかったから、あれは不可抗力。大体、あれっくらいで濃厚なんて言われても…ほら、たこ焼き食う? あーんしてごらん、酒井」

「ふざけんな、っつーの」

 

遠藤ちゃんは完全に酒井で遊んでる。教室内でもよく酒井をからかってたけど、ホント仲良しだな…。

 

 

結局、遠藤ちゃんはたこ焼きの粉が無くなるまで、たこ焼きを焼いてくれた。最後はもうタコなんか入ってない粉だらけのたこ焼きとは言えない代物だったけど。

 

 

賑やかな食事のあと。ちぃが食器や器具を片付けてるから、私もキッチンに立った。 

「手伝うよ」

「あ、いいよお、七海はお客様なんだから。座ってて?」

「いいよ、…酒井も遠藤ちゃんと話こんでて、私暇だし」

「そう? じゃ、これ洗ってくれる? 私拭いてしまっちゃうから」

「うん」 

既に洗い終わった食器類を、ちぃはてきぱきと背後の棚にしまっていく。 

「ちぃ、ホントに遠藤ちゃんのお嫁さんなんだね…」

「あはは、最近やっとちょっと主婦っぽいこと出来るようになったとこ。まだまだだけどね」 

ちぃは照れくさそうに笑った。 

「うん、でも幸せそうで安心した」

「あたしも七海と酒井くん、仲良さそうで、嬉しかったよ」 

ちぃは無邪気に言う。そっかな…。酒井は私でいいのかな。これまで気にも留めてなかった些細なことが、心の奥底に溜まっていく。 

「酒井はちぃが好きだったんだよね…。ねえ、ちぃ。ちぃと酒井の間に何があったのか、教えて」

「…聞いたら七海は楽になる?」 

ちぃはじいっと私を見つめて聞く。楽になんかなるわけないし、スッキリするはずもない。

自分の問いかけの虚しさを指摘されたみたいで、ぎゅっと唇を噛んだ。

「七海でもヤキモチ焼いたりするんだね」

「そ、そんなんじゃ…私はただ…ちぃと酒井と遠藤ちゃんの関係が不思議に思えたから」

あーもう、見苦しいし素直じゃないな、私。

「教えても何も、七海が知ってることくらいしかないよ。あたしとけいちゃんが、散々酒井くんを利用して、酒井くんに甘えてきただけ。だから今、酒井くんが七海とつきあってるの、あたしたちはすっごく嬉しいし、ふたりのために何か出来るなら、何でもしたいって思う――不安になったりしなくて平気だよ、酒井くんは七海のこと、めっちゃ好きだから」 

いつもちぃに、アドバイスするのは私だったのに。今回は逆転してる。

「ちょっ、ちぃ、やめてよっ、激ハズ」

「七海かわいー、いいなあいいなあ。ねえねえ、もうキスした?」

「…うん…」

「えっちは?」

「まだに決まってるじゃん…って、ちぃ?」 

何、何なの、このガールズトーク。ちぃは興味津々で聞いてくる。

「だってさあ、今まで一度も七海の恋バナ聞いたことなかったじゃん。今度はあたしがいっぱい聞いてあげるね」

「……」 

なんだか、ちぃの方が嬉しそう。でも、そっか。今度の恋はちゃんとちぃにも話せるんだ…。つっても聞かれない限りは言わないと思うけど。

 

 

 

 

遠藤家を出たのは、結局夜10時回ってた。駅まで送るよ、と遠藤ちゃんが言うのを、酒井が辞して、ふたりで歩き出す。

  

「楽しかったな。たこ焼き、美味かったし」

「うん」

「お前さあ、口数少なかったけど、なんか遠慮してた?」

ちょっと歩調をゆるめて、酒井は私に聞く。 

不安になったりしなくて平気だよ、酒井くんは七海のこと、めっちゃ好きだから。

親友のアドバイスが蘇った。うん、大丈夫だよね。 

「ううん。なんか、遠藤ちゃんとちぃの会話に入れなくって」

「えー、あそこはツッコミどころ満載だろ。お前の出番だと思うけど」

「そっか…」

「そうだよ」

  

さっき来た時は、すれ違う人も、私達を追い抜いていく自転車も、いっぱいあったのに、今は殆ど人影はなくて、私と酒井の足音と話し声だけが通りに響く。

私の肩と、酒井の二の腕が触れそうな距離だった。駅まで15分くらい。

…手、繋ぎたいな。

声に出せない願いを込めて、ちょっとだけ上にある酒井の横顔を見つめた。でも、酒井はさっきの遠藤ちゃんのたこ焼きの味の感想を熱心に話してて、こっち見てくれない。 

「…わたる」

酒井の声が途切れたところで、微かな声で、練習するみたいに呼んでみた。ぴくっ、と酒井の足が止まる。

え、嘘っ、聞こえちゃった?

 

「今…、航って呼んだ…?」 

しかも、いちいち確認するなよ。

「よ、呼んでない呼んでないっ。わ、私、喉乾いたな~って言おうと思って…」

いつもの往生際の悪い言い訳が、口をついて出ると、酒井は露骨にがっかりした顔になった。

…あ、そっか、これじゃダメなんだ。ちゃんと伝えなきゃ。自分の思ってること、自分の気持ち。ちゃんと、酒井は受け止めてくれるから。

「…嘘、ごめん。航って呼んだ…。あのね、手、繋いでもいい?」

薄暗い外灯の下なのに、かあって、酒井はみるみる赤くなって、ちょっと俯いた。

「お、おうっ。ほら」

手のひらを夜空に向けて、ばっと酒井は私の前に差し出した。分厚くて、指の関節が太い。昌也さんの繊細そうな手とは違って、男らしい手。

「あ、ありがと…」

私は手のひらを酒井の手に下ろしてく。重なったと思ったら、酒井の指が私の指の間に入り込んで、そのまま包み込むように握られた。

「酒井、手汗かいてる…」

「わ、悪かったな。…離す?」

「ううん、いいよ」

歩調も会話も、つないだ手も。もう何もかもがぎこちない。

でも、やっと掴んだ手を、離さないから。――離さないでね。

 

 

                   (愛され下手 完)