♯2


私の上で腰を振る人の、息遣いがまた苦しそうになる。

 「はあ…っ。俺、もうイきそう…、七海ちゃんもイッて? 一緒に、イこうよ…」

 汗を滴らせながら、そう囁かれ、私は彼の背中に爪を立てた。

 感じてるフリ。イきそうなフリ。艶めいた声をあげると、さっき酒井の目の前で買ったコンドームの中に、昌也さんは白濁した欲望をぶちまけた。

 

 

終わると、昌也さんは私の身体を抱き寄せた。ちゅっと、額にキスするのは、昌也さんの行為後の癖。セックスそのものより、こっちの方が、キュンってなる。

 「シャワー浴びるけど、七海ちゃんは?」

「あ、お先にどうぞ」

「たまには一緒に入ろうよ」

「嫌です」

「クールだなあ。相変わらず。でもそうやって甘えてこないとこ、七海ちゃんらしくて、俺好き」

 にかって笑って、昌也さんはシャワールームの方に消えていった。あーもう、何やってんだろ、私。

 腕がよくて、面倒見が良くて、不愛想なアルバイトの女の子にも、優しい。昌也さんへの憧れはずっとあった。でも、それは恋なんて激しく愚かしい感情では、絶対なかったのに。

 彼氏じゃない。「好き」って言ったことも言われたこともない、所謂セフレの関係――もう1年にもなるんだな…。

 

 

 

~☆~★~☆~★~☆~

 

 

去年の4月――

 

 

私が高校3年生進級したばっかりの頃、店のみんなで行ったお花見。私と昌也さんは、店を終わるみんなのためにブルーシート敷いて場所取りをしていた。

 桜は満開を過ぎて散り始めてた。春の夜の冷たい風に煽られて、ブルーシートの上にも、淡いピンクの桜がはらはらと落ちてきた。

 「みんなが来る前に、いっかい綺麗にした方がいいですかね」

 私は昌也さんに聞いてみる。けど、既に缶ビールを飲んでたせいか、昌也さんの答えは適当というか鷹揚だった。

 「ん~? いいんじゃない? 模様みたいで綺麗じゃん。あ、七海ちゃんの髪にも、ついてるよ:

「え、ほんとですか?」

 焦って、あたしは髪を両手で払う。その時。

 「嘘」

 昌也さんはにやりと笑って、私の顔に思い切り顔を近づけてきた。「え?」と思った時には、もう口の中にはビールの味が広がってた。今、キスされた…?

 「あ、え、えと…」

 

密かに憧れてた人からされた不意打ちのキス。あれ、このシチュ、どっかで聞いた…。心臓ばくばくしてるのに、何故かそんなことを思って、冷静に記憶を辿った。

 

 ああ、そうだ、ちぃが言ってたんだ。残念イケメンの『けいちゃん』から、突然キスされて、泣きながら「信じられない」って、詰った――いちばんの親友は、初めての彼氏との馴れ初めを、赤裸々に暴露してきた…。

 でも、私はちぃじゃない。可愛く泣けないし、昌也さんに、どういうつもりでこういうことしたのか、って問い詰めることも出来ない…。

 呆然としたまま、昌也さんを見つめると、昌也さんの方が目を逸らす。

 「ダメだよ、男とふたりでいるのに油断しちゃ」

 さっき私に触れた唇をもう、昌也さんは缶ビールの飲み口につけている。なんか、もう笑える。

 この人にとっては、女の子の唇も、缶も大差ないんじゃない? そう思ったら、自分も泣いたり喚いたりするのばからしく思えた。

 「私なんかにそんなことしてくる人、いると思わなかったんで」

 死ぬほどドキドキしたくせに、私は顔色ひとつ変えずにそう言って、何事もなかったかのように、桜の木を見上げた。

 

 

この時。ちぃみたいに素直に泣いてたら、何か変わったのかな。

 

 

「七海ちゃんて、変わってるよね」

 ビールを飲みながら、昌也さんが笑う。

 「好きな人とか彼氏とかいないの?」

「いません」

「あー、そうなんだ。ねえ」

 終わったら、俺のうち来ない? 肩を抱かれて、アルコール混じりの息で囁かれた。その意味がわからない程、子どもじゃない。

 昌也さんは仕事も派手だけど、女性関係も派手だ。美容師の彼女いるの知ってるし、顧客の中にも、何人か昌也さんと個人的に会ってる人はいるみたい。その中のひとりに、私も加えようっていうのは、好奇心なのか酔った勢いなのか。

 

どっちみち、この人が私のこと好きじゃないのなんかわかってたのに。

 「いいですよ…」

 私はそう頷いていた。

 

 

初めて入った男の人の部屋は、、床に着替えとか雑誌とか投げられてて、雑然としてて――でも、ベッドの上だけは、枕以外のものが何も置いてなくて、綺麗だった。

 そのベッドの上で、私は初めて男の人の肌を知った。

  痛みも快感もあんまり感じないまま終わっちゃって、ああ、こんなものなんだ…って、思った。

 それから月に一度か二度。昌也さんは私を誘う。相変わらず、身体は濡れるのに。心は震えない。…不感症なのかな。



 女の子って、大別したら、ふたつのタイプしかないと思う。愛されるのが上手なタイプと、下手なタイプ。ちぃが前者なら――私は後者だ。

 

 

小学校の頃から毒舌キャラで、可愛げのないタイプで通してきた。男の子の前だからって、急に態度変えたりするの大っ嫌い。それが私、木塚七海だ。