♯3


~☆~★~☆~★~

  

シャワーの音が止まった。ボクパンひとつで、昌也さんがバスルームから出てくる。自分もバスルームを借りて、昌也さんの痕跡を消して、支度をした。 

「送るよ、七海ちゃん」 

ロングのカーディガンを羽織って、玄関に向かう私の背中に昌也さんが声を掛ける。 

「平気です。まだ、電車あるし」 

なのに、あっさり断る私は、本当に可愛げがない。わかってるけど、送ってもらうのは嫌い。

「じゃ、またお店でね」 

ちゅっと昌也さんの唇を唇に受け止めから、私は玄関のドアを開けてひとりで出て行った。

  

不毛な関係だとわかってるのに、どうしてやめられないんだろ。ちぃには絶対言いたくない、知られたくない。

そう思いながら駅まで歩いてて、さっき酒井に会ったことを思い出した。…あいつ、余計なこと、ちぃに言ってないよね? 

フェイクとは言え、ちぃの彼氏をやってた奴だ。ちぃの連絡先くらいは絶対知ってる。もしかして、私に会ったこと、話されてたらどうしよう。 

急に不安がこみ上げて、私は思わずちぃにラインを入れた。

 

――明日、会えない? 

急に誘ったのに、ちぃは応じてくれた。

 

ちぃに会うのは卒業以来だった。こないだは「妊娠してるかもしれない」なんて上ずった声で電話してきたけど、どうやらそれはちぃの早とちりだったみたい。

パニック体質で、すぐ周りが見えなくなるちぃらしいっちゃ、ちぃらしい。

「ちぃがママなんて想像つかないもんなあ」

「あたしもです」 

気恥ずかしげに言って、ちぃは前髪の隙間から額ををぽりぽり掻いた。卒業して1ヶ月ちょい。人妻になって、2週間。ちょっと変わったかなと思ったけど、あんまり変わってないや。

  

私はずっと気にかかってることを聞いてみる。

「ねえ、ちぃ。最近酒井に会った? もしくは連絡取ってる?」   

「え? 酒井くん? 会ってないし、連絡もとってないよ。何かあった?」 

そう言ってちぃは首をかしげた。私が酒井の名前なんか出したのが、不思議でしょうがないって、カオしてる。良かった、私の取り越し苦労で。

「ううん、ならいいの。ごめんごめん。酒井の話は忘れて」

「えーなんか色々気になる」

「いや、ホント話すようなことは何もないから」 

とゆーより、セフレとドラッグストアで避妊具買ったら、高校の元クラスメートがレジにいたなんて、絶対話したくない。特にちぃには。

 

 

 

ちぃは大学生活や新婚生活のこと、あれこれ私に教えてくれた。久しぶりに会うから、話したいことがたくさん溜まってしまってるみたいで、あれもこれも言わなきゃって、まるで幼稚園から帰ってきた子どもみたいに、一生懸命。 

なんか、カワイイな。私は自然にちぃの聞き役になる。付き合ってた彼氏が、担任の教師になって、禁断と秘密の恋貫いて結ばれた。ちぃがどれだけ苦労したか知ってるから――幸せになって欲しい。

  

「七海は最近どう? 美容学校、カッコいい人とかいないの?」 

自分ばっかり話してると思ったのか、ちぃはこっちに話題を振ってきた。

「私、イケメン苦手だもん。美容学校に通う男なんてナルの巣窟だよ」

「はは、は…。七海、いい人できたら教えてよ~」 

そんな日来るのかな。たとえば、あんたの『けいちゃん』みたいに、何があっても、真っ直ぐ揺るぎなく、私を好きになって守ってくれる人…、想像もつかないや。


女の子にはみんな、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるとか、小指の先は赤い糸で運命の人と結ばれてるとか。そんなおとぎ話信じられたのは、小学校に上がるまで。別に、いいじゃん。 

ひとりでお城を守るお姫様がいたって。

「あたしね、七海には絶対幸せになって欲しいんだ」 

ちぃはそう言って、「パンケーキ食べに行こ?」って、腕を絡めてきた。甘ったれなちぃらしい仕種。私はこの手を振りほどいたことはないけど、自分からちぃに絡めたこともない。 

…この差が、私とちぃの差かもな。

 

 

パンケーキ食べて、カラオケやって、6時になる前にちぃは。 

「あ、そろそろ帰らなきゃ」

時計を見てそう言う。以前だったら、夕飯もファーストフードやファミレスで済ましちゃってたのに。ちぃを待ってる人の存在を、私は思い出す。

「あ、そっか。夕飯は旦那と食べないとまずいか」

「いや、まずくはないけど、早く帰った方がいいかな、って」

主婦の責任なのかな。高校の時と変わらないと思ってたけど、ちょっとだけ距離を感じて寂しくなった。

「じゃ、また遊ぼ?」

「うん、七海またね」

ちぃは笑顔で家に帰ってく。さっき、私に話したのと同じようなカオで、遠藤ちゃんに今日あったこと話すんだろうなあ。それを聞く遠藤ちゃんの蕩けそうなカオまで、想像出来る。 

正直、ちぃが羨ましい。でも、ちぃと自分が違うのもわかってる。

 

 

ちぃを見送ってから、私は、昨日昌也さんと立ち寄ったドラッグストアに向かってた。 

酒井はレジにいなかった。せっかく来たのに、今日は休みかよ。 

しょうがない、帰ろうかな…。諦めて、元来た道を戻ろうとしたら。

「木塚?」 

酒井の声が、私を呼び止めた。 

 

振り返ると、酒井は潰したダンボールをたくさん持って、立ってた。


「今日はひとり?」 

酒井はにやっと笑って、店の外に出る。 

「そのことなんだけど」

「うん」 

酒井は振り向きもしないで、スタスタ行っちゃうから、私もそのあとを追いかけた。 

「昨日の人、私の彼氏とかじゃないから、誤解しないで」 

背中に今日言いたかったことを伝えると、ピタリと酒井は足を止めて、顎の高さぎりぎりまで積み上げたダンボールごと振り返る。

「…彼氏じゃない奴と、お前、あんなん買いに来るの?」

呆れ返ったような声で、酒井は言う。軽蔑された、そう、思った。