#4


「…あんたに関係ないじゃない」 

強気な発言は、自分の後ろめたさの裏返しだ。カッとなって言い返す。

「ただ、ちぃに変なこと吹きこまれたら困るから。それ言いたかっただけ」

「心配しなくても、春日とは卒業してから、会ってもいないし、メールひとつやりとりしてないよ」 

私が喧嘩腰になったから、酒井もぶっきらぼうに返して、また私に背中を向けて、店の裏手にある専用のカートに持ってたダンボールを積み上げていく。乱暴な仕種から、酒井のイラツキが伝わってきた。

 

こんなとこまでわざわざ来て、私、何やってんだろ…。

「じゃあね」って言い損ねて、酒井を見ていたら、腕の隙間からずり落ちたダンボールが、コンクリートの地面に転がった。

足元に落ちたそれを、無視することも出来なくて、両手の塞がってる酒井の代わりに取って、一緒に乗せる。 

「サンキュ」 

さっきまでの冷たい態度とは違って、酒井のお礼も笑顔も自然だった。あんな気まずい空気作り出した私に、よく笑えるな…。後ろめたさがまた、私の態度を捻じ曲げる。 

「別に、お礼なんて言われることじゃ…」

「手伝って貰ったら、フツー言うだろ、礼くらい。いちいち突っ返してくるなよ」

「…ごめん」 

今度は素直に謝れた。

「うん、そうそうそれでいい」

なんか、酒井は偉そうに頷いて笑ってから。 

 

「そうだ、春日で思い出した。本人に聞けなくて、俺も気になってることあるんだけど…」 

店に戻りながら、私に新たな話題を提供してくる。

「何?」

「春日って、妊娠してる?」 

何で、ちぃの妊娠騒動、酒井が知ってるの? 私は思わず目をパチクリさせた。 

「単なる生理不順だったみたいだよ」 

私が断言すると、酒井はほっと溜息をつく。まだ、ちぃは酒井が好きなのかな。その表情を見て、思った。 

ちぃは、いいな。遠藤ちゃんにプロポーズされて結婚したのに、まだ想ってくれる人がいる。ほら、やっぱり、赤い糸はひとりに一本なんかじゃない。 

やだな、こんな僻みっぽい考え。もう、帰ろう。踵を返した時だった。 

「なあ、このあと暇?」 

酒井が私の背中に声を掛けてくる。予定はないけど、何でそんなこと聞いてくるの? 立ち止まったものの、答えない私に、酒井は更に畳み掛けてきた。 

「俺、あと30分くらいで上がりなんだ。ラーメンでも食いに行こうぜ? 面白い話聞かせてやる」

   

 

何で、こんなことになったんだろう…。ドラッグストアの壁にもたれて、私は時計を見た。あと、5分で8時…酒井のバイトが終わる時間。待ってて、言われたからって、何で律儀に待ってるの? 私。忠犬ハチでもないのに。 

特にやることないから、スマホをいじってたら、酒井が来た。さっきの制服らしい黒いシャツに店名入りエプロン姿じゃなくて、今度は私服。 

肩にボタンのついたミリタリーぽい黒のジャケットに、オレンジブラウンのカーゴパンツ。

「わりぃ、待ってもらって」

「酒井、背ぇ伸びた?」 

心なしか大人びたように見えて、私は聞いてみる。 

「変わってないよ。あ、でも少し痩せたから、それで縦に伸びたように見えるのかも」

「あー」 

そういうことか。どちらともなく歩き出して、酒井の横顔をちらっと見た。すっきりした顎のラインとか、高校の時より大人びてる。 

 

酒井は駐車場の脇の自転車置場で、足を停めて、中にあった黒い自転車を手前に引く。

「ちょっと歩くから、後ろ乗る?」

「…いい」

「言うと思った」 

私のあしらい方のコツを掴んだようなことを言って、酒井は自転車を引きながら歩き出す。歩くこと15分くらい。目的の店らしいものが見えてきた。 

カウンターしかない小さな店内。ジャケットを脱ぎながら座ると、酒井は楽しげに言う。

「こないだ、味噌にしたから、俺今日は醤油にしよ。木塚は?」

「じゃあ同じの」

「おじちゃん、醤油ふたつ。あ、ひとつ大盛りで」 

5分も立たないうちに、私と酒井の前に、あったかそうなラーメンが置かれた。

  

「うん、うまい。やっぱりバイト後のラーメンサイコー」 

酒井は上機嫌で、食べ始める。 

「よく来るの?」

「いや2回め。ちょっと前に遠藤ちゃんと来た」

「はあっ?」 

ちぃの旦那と? 何でそんな事態になったのか、見当もつかない。いや、今のこの状況もだけど。

「こっから近いのかな、遠藤ちゃんち」

「…そうでもないよ」

新居はちぃの実家の近くだって聞いてる。新居は行ったことないけど、ちぃの実家ならわかる。ここから電車の駅乗り換え含めて5つ分。車だって、30分は掛かりそう。

「…じゃ、わざと遠くに来たんだ。妊娠検査薬買ってったんだよね、あの人」

…私と同じく、見られたくないシーンを、ばっちり酒井に目撃されてたらしい。カッコつけて取り澄ましたあの先生が、どれだけ動揺したか、想像しただけで笑える。けど、酒井は真剣なカオで続けた。

  

「春日の状態も、遠藤ちゃんの決断も。俺、すっげー気になったから、遠藤ちゃん強引に誘って、このラーメン屋連れ出したの。生ませられない――遠藤ちゃん、そう言ってた。苦しそうなカオで」

「……」 

ちぃが電話掛けてきた時のこと思い出した。あの時ちぃは、まだ遠藤ちゃんに言えないで、自分の身体に起きてるかもしれない異変に、戸惑ってるだけだった。 

あの後、遠藤ちゃんとちぃの間で、どんなやりとりがあったのか…。大好きな人から言われた拒絶の言葉を、ちぃはどんな思いで聞いたのか…今日会った時は、そんなことにはちぃは一切、触れなかった…。ちぃにだって、私に言えないことがあるのかもしれない。

 

「なあ。万が一があったら、結婚してたって、そんな風に悩むんだぜ? ――やめろよ、木塚。彼氏でもない男とそういうことするの」 

…知ってる。ちぃが学校と赤ちゃんの間で悩んでたか。避妊してたって『絶対』はなくて、万が一は、ちぃと同じように私にだって起こり得る。けど、自分に置き換えて考えたりはしなかった。

「それが言いたくて、わざわざ私をこんなとこまで引っ張って来たの?」

「ちげーよ、ラーメン食べたかったんだよ」 

そう言って、酒井はまた箸を取って、ラーメンを啜り出す。けど、私は心に覆ってた蓋がぱかっと外れて、ラーメンどころの話じゃなくなってた。

「…しょうがないじゃない。…他に、どうしていいかわかんなかったんだもん」