♯5


ぽたり、とスープの中に滴が落ちた。やだ、みっともない。何、やってんだろ、私。 

でも、溢れだした涙も、本音も止まらなかった。

「憧れてたんだもん、好きだったんだもん。でも、私なんて、どうせ昌也さんは好きになってくれない…だったら、セフレでもなんでも、傍にいられるだけで、良かったんだもん。あんただって、おんなじじゃん。ちぃが好きだったから、フェイク彼氏でも何でもちぃの傍にいたかったんでしょ? 私と何が違うの?」 

わかってる、ホントは全く違うって。ちぃを守るために、敢えて偽物の彼を演じてた酒井と、本当の感情を見せたら、昌也さんが私から離れてくのわかってたから、自分を守るために、好きじゃないフリをしてた私…。なのに。 

「…わかるよ、木塚の気持ち」 

酒井は私の気持ちを否定しないで、同調してくれる。

 …男の前で泣いたのなんて、何年ぶりだろ。やだやだやだ、こんな自分。 

 嗚咽を堪えながら、無理やりラーメンを啜って、涙も一緒に飲み込んでく。鼻も詰まって味なんてよくわからなかったけど、とにかくこれ以上泣きたくなくて、酒井に弱音をこぼすのも嫌で、没頭出来る行為が欲しかった。

 

 

私の麺の量の2倍はあったはずなのに、酒井はさっさと食べ終えて、そんな私を組んだ両手に顎を乗っけて、じっと待っててくれた――

 

  

「いいってば」

「いいよ」

「こっちこそ、いいって」

「やだ、こういうの」 

レジの前で、千円札を私達は押し付け合う。奢る奢られない、そんな不毛なやりとり。

「どっちのお金でもいいんで、会計済ませてくれます?」 

店主さんが、私たちに割りこんで、申し訳なさそうに言う。はっと振り向くと、会計待ちの人が3人くらい並んでた…。

 

 

結局万札しか持ってない酒井がまとめて払ってくれて、私の分は受け取ってくれなかった。泣いてるところ見られた上に、奢られるとか、弱み握られた感しかない…屈辱。  

「俺、こないだ遠藤ちゃんに奢って貰ったから、これでちょうどよくね?」 

…酒井の理屈は不可解過ぎる。結局私は、千円札をお財布にしまいこんだ。

 

「さっきの話、遠藤ちゃんは春日には知られたくないだろうから、あいつには内緒な」

「い、言わないよっ」 

だって、凄いデリケートな話じゃん。ちぃだって、聞きたくないに決まってる。 

「その代わり、俺もこないだ見たことは忘れるから」

「あ、うん…」 

出来たら今日の事も忘れて欲しい。でも、それを口に出すのも悔しい。私ってホントにプライドばっかり高い意地っ張り女だ。

「お前と遠藤ちゃんて似てるのな」

「え?」

「見栄っぱりで、とにかく春日の保護者ぶりたいとこ、そーっくり」

「……」 

ムカつく。ムカつくけど、当たってるかも。だって、千帆は可愛くて、ちょっと幼く見えて天然で抜けてて、私が守ってあげないと…そんな感じなんだもん。

 

「あいつ、意外と強かだと思うけどな。だって、あの遠藤ちゃんがホンローされてるんだから。なんか、お前の方が見てて危なっかしいよ」

「初めて言われましたけどっ、そんなの」

「ふーん」

と、酒井はニヤつきながら、相槌を打つ。勝ち誇った顔がなんか、ムカついて。

「今日はごちそうさまでしたっ」 

乱暴に言って頭下げて、酒井の前から消えようとしたのに、「待って」と腕を掴まれた。 

「な、に…」

「駅まで送るよ。後ろ乗って?」 

自転車に跨って、酒井がそう私に促す。 

「いっ、いいよ」

「さっきの二倍歩くぜ? お前乗せて走るの、腹ごなしにちょうど良さそうだし」

「で、でも」

「木塚って、ホント甘えるの下手くそな」

「どーせっ」

「ほら乗れよ」

ハンドルを握って、ペダルに片足掛けて、酒井はもう一度私を促す。しょうがないから、ステップに足を掛けて、酒井の肩に手を掛けた。…そういえば、水泳部だったっけ。分厚いいかり肩に、ちぃと行った水泳大会のこと、思い出した。 

緩やかな坂道を、酒井の自転車は軽快に下ってく。土曜日のせいで、車はテールランプを幾つも連ねて動きが鈍い。その車列の横を、さっと走り抜ける。頬に当たった風も冷たくて心地よかった。 

 

「今度さあ」 

前の席から酒井が大きな声で私に話しかける。 

「うん」

「春日んとこ、遊びに行こうぜ。遠藤ちゃん、俺が行きたい。って言ってるのに、ダメとか抜かすんだぜ? 大人げないよなあ」 

無理、ないんじゃ…。かつての恋敵だし。それに…。 

「酒井は平気なの?」

「何が」

「ちぃと遠藤ちゃんが一緒にいるとこ見るの」

「別に平気だよ。つーか、寧ろ見てみたいね」

「酒井って、心広いよね」

「え? なんか言った?」

「なんでもなーい」

 

駅前のアーケードつきの商店街に入ったところで、酒井は自転車を停めて、私を降ろす。  

「ここまででいいよ、ありがと」

「そ?」

言いたいことは言えたし、お腹もいっぱいになった。駅は、すぐそこ。「バイバイ」って手を振って、お互い反対方向に歩き出せばいい。どうせ、もう接点のない人だ。気まずい思いをした今日のことも、会わないでいれば、日常に紛れていく――それでいい、と思うのに、それじゃ寂しく思う自分もいた。  

「…酒井、これあげる」 

私はバッグの中から、お札より一回り小さいサイズの紙片を取り出す。

「何これ」

「うちのお店のカット割引券」

「…俺、美容院なんかで髪切ったことねえよ」 

と、酒井は自分の髪に手を置いた。酒井の髪はベリーショートで、ワックスで固めたみたいな毛先があちこちに向いてつんつん尖ってる。前髪も短くって眉も全開だ。 

スポーツ少年ぽい短髪は、酒井によく似合ってる。

「要らない?」

「一応、もらっとく。サンキュ」 

酒井はそれを無造作に、カーゴパンツのお尻のポケットに入れた。 

「うん…」

 

きっと来ないだろうな、ってのはわかってる。でも、連絡先を聞いたりするのは違う気がして、うちのお店のサービス券を配るのが、私には精一杯だった。