♯6


GWが明けると、美容学校の方のカリキュラムも専門的なものになる。新しく出来た友達と、遅くまでカットの練習したり、ヘアサロンのショーに出かけたり、忙しくなってきて、美容院のアルバイトは、週末だけに減らしてもらった。

  

「我儘言ってすみません」

 オーナー店長の美咲さんに言うと、「いいのよ」と笑って快諾してくれた。地元の商店街の中のお店のひとつで、母親も美容師。二代目の美咲さんは、見た目はお嬢様風でおっとりした美人さんだけど、その実シビアで堅実だ。まあそうじゃないと、まだ三十代入ったばっかりで、経営者なんて務まらないんだろうな。

 

 

「バイト優先して、学校の授業疎かにしたら、意味ないからね。高校の時から、七海ちゃんには頑張って貰ってるんだもの、応援してるからね」

「ありがとうございます」

「ん~、でも昌也くんもいなくなるし、うちはきつくなるなあ」

「…そうなんですか?」 

私が食いつくと、美咲さんはちょっとしまった、って顔をした。

「知らなかった? 昌也くん、七海ちゃん可愛がってるから、とっくに言ってると思ってた。もっと色々勉強したいから…って、別のお店に移るのよ、彼。このお店は来月いっぱいでおしまい」

「…そうなんですね」 

昌也さんとは、ここ最近ふたりきりになることはなかった。酒井に言われた言葉が重くて、でも、きっと誘われたら拒めない自分もわかってたから、意図的に避けてた――けど、昌也さんは昌也さんで、私を遠ざけていたのかもしれない。 

このまま離れればいつか忘れるのかな…。それがいいに決まってる。

「じゃあ、送別会とかしなきゃですね」

「そうね。笑顔で送り出してあげないとね」 

笑顔で。うん。そうだ、そうしよう、笑顔で言うんだ「さよなら」って。そうしたら、きっと前に進める…。 

そうしたら…。 

『お前の方が見てて危なっかしいよ』 

急に、酒井の顔が浮かんだ。やだ、もう信じらんない。あの日からもう2週間…。酒井がうちの店に来ることはないし、私があのドラッグストアに足を運ぶこともない。

何かを期待してるわけじゃないし、酒井だって、私と会ってたら、いつまでもちぃのこと思い出す。それで、いいんだ。 

そう、思ってた…。思い込もうと、してた…矢先、ぽっと酒井が私のバイト先に現れた。 

 

 

もうカットもパーマも受付時間は過ぎてて、とっくに看板は閉まって、施術中のお客様とスタッフしかいない時間帯。ガラス窓の外側から、こっちを覗きこむように酒井はうろうろしてた。

「…やだっ」

「あら? 七海ちゃんの知り合い? 昨日も来てたわよ、あの子」 

…あのあほんだらっ。 

「す、すみません、ご迷惑を…」

「ううん、全然。お客さん…て感じじゃなかったから、誰かの知り合いかなって、話してたのよ。七海ちゃんの彼?」

「違いますっ」 

断固否定したのに、美咲さんはくすくす笑ってる…信じてないなこりゃ。

「帰ってもらいますから」 

私は大股で歩いて勢い良く、店のドアを開けた。チリン、とドアについてるベルが鳴って、酒井はすぐにこっちを向いた。

 

3週間ぶりの酒井は、ちょっと髪が伸びて、半袖のTシャツに、膝丈のホワイトデニム。…まだ、5月で夜は肌寒くなるのに、どんだけ季節先取りしてんだ、こいつ。

  

「…おす」 

酒井はちょっとバツが悪そうに、私に声をかけてくる。 

「おす…ってか、もう閉店時間だよっ。クーポン使いたいなら、もっと早く来てよ」 

ああ、どうして私って、こんなケンカ越しの言葉しか出てこないんだろ。 

「あー別に髪カットしに来たわけじゃねえよ」

私の剣幕に押されながら、酒井は答える。 

「じゃあ何よ」 

更に問い詰めると、酒井はお店をじっくりと眺める。

「木塚がどんなとこで働いてるのか、気になって」

「へ?」

「仕事してるとこも見れたから、今日は帰るよ」 

私が「帰れ」と言うまでもなく、酒井は引き際よく言うから、逆に戸惑った。気になったから…見れたから…って、あんた一体なんのためにこんなとこわざわざ…。

毒舌だ、雄弁だ、って言われるのに、私の声は、こんな時には喉の奥に収まって、出てきてくれない。 

どうして?って聞けばいいのに。

待ってて、って言えば、いいのに。

脇に停めてあった自転車のハンドルに酒井は手を掛ける。向けられた背中に、なんて言おうか迷ってたら…。

「あら、待って?」 

誰かが酒井を引き止めて、酒井は不思議そうに振り向いた。今の、私じゃないからね。

まさかと思いながら私も後ろを見ると、酒井の視線の先に美咲さんがにっこり笑って立ってた。

「ねえ、七海ちゃん。彼にカットさせて貰えばいいじゃない。マネキンばっかりでつまんない、って言ってたんだから」

 

 

美咲さんの無茶ぶりに、私は固まった…。