♯9


何で、何でついてきたんだろ。自転車で車追っかけるなんてばかなことしてまで。

 

「降ろして!」

今度はさっきより強い口調で言った。昌也さんは私の態度に苛ついたのか、ドアのロックをかちゃりと閉めて、怖い顔で聞いてくる。 

「あの彼、七海ちゃんの何?」

「だったら私は…昌也さんの何ですか? 仕事場の後輩? セフレ? 昌也さんの質問に私が答える義務はないと思います」 

答えながらも、後ろの酒井の方が気になった。この道は大きな道じゃないから、制限速度は40キロくらいだけど、昌也さんは今、50キロくらいスピード出してる。信号もなくて、車はどんどん進んで、酒井との距離は遠ざかる一方だ。

 

 

「お願い、車、停めて!」

そう思った途端、昌也さんの車はがくんと急ブレーキを踏む。後ろばっかり見てて、私はフロントに全然注意を払ってなかった。

「ついてないな、俺」 

かんかんと鳴る警報器、目の前で閉まる遮断機。ラッシュ時は開かずの踏切と言われる踏切が、目の前にあった。 

「開けてください」

ロックの掛かったドアのノブを、必死にがちゃがちゃ動かす。そんな私を昌也さんは、鼻で笑った。 

「どうせなら、チャリが追いついてくるの待ってなよ。俺も、その彼に会ってみたいしね」

「……」 

1台目の電車が通過した頃、酒井の自転車が、レクサスの隣に並んだ。 

 

運転席側の昌也さんを睨むと、やっとドアロックを解除してくれて、私は転がるように車外に出た。 

乗ってきた自転車は歩道に横倒しにされて、酒井はその横で、膝に手をついて、荒い呼吸を吐き出してる。 

「はあっ、レクサスに…追いついたぜ…」 

息も絶え絶えなのに、酒井は満足気に呟く。踏切のおかげでね。けど、その運も酒井の必死さが引き寄せたのかも。

  

「あんた、ばかじゃないの? 何で、こんなこと…」

「うるせぇよ…車なんか乗せられて、またホテルとか自宅なんか連れ込まれたら…またお前、同じこと繰り返すんじゃないかって、気が気じゃなかったんだよ」

ぽたぽたと額からこぼれ出る汗を、腕で拭いながら、酒井はぶっきらぼうに言い放つ。また私が、ばかなこと繰り返したって…そんなの、酒井には関係ないのに。そんな風に必死に追いかけてきてもらえるような女じゃないのに。 

ハンカチを取り出して、私は酒井の汗を吸い取らせた。 

「汗だくでお疲れ様だね。そんな可愛げない子のために」

 私達の様子を、運転席から眺めて、昌也さんは嘲笑してきた。 

「――そんなことないですよ」 

やっと整ってきた呼吸で、酒井は静かに昌也さんに言い返した。 

「高校の時から知ってるけど、友達のことに一生懸命で、自分のことは後回しで。そりゃ、物言いはキツイかもしんないし、時々あまのじゃくだけど、本気で言ってるかどうかすぐにわかるのは、きっと根は素直だからなんでしょうね。真面目で意地っ張りで甘えるのヘタクソで、なのにめちゃくちゃ脆い――俺には、こいつ、すっげー可愛く映りますけど」

「さ、かい…ぃ…」 

ばかじゃないの? あんた、ホント底抜けの大馬鹿だよっ。私のこと、そんな風に言ってくれる人、今までただのひとりもいなかったもん。これからも、絶対いないよ、あんた以外…。

 

 

「あーそう」

不愉快げな昌也さん。そりゃそうだ。チャリに追いつかれて、皮肉はまともに返されて。プライド高い人だから 。

後続車はいない。踏切はまだ閉まったままなのをいいことに、ハザードランプをつけると、昌也さんはエンジンを掛けたまま、車から降りてきた。

  

「七海ちゃんは俺より、そんな変な髪型の、暴走くんがいいの?」

悪かったね、私が切ったんですっ。 

ゆっくりと昌也さんは、微笑みながら私に近づいてくる。営業スマイルとは違う、ベッドの中で見せるようなセクシーな笑顔。

昌也さんを好きだった頃の気持ちが蘇ってきて、苦しくて、動けなくなる…。昌也さんを見つめたまんまの私の頬に、昌也さんは手を添えた。 

「七海ちゃん、俺は七海ちゃん好きだよ。俺と、行こうよ。もっと教えてあげる、カットの技術も新しいスタイルも」

好きだよ。 

昌也さんから言って欲しくてたまらなかった言葉。どうして、今言うの? 一度も言ってくれたことなんかなかったのに。 

私への執着見せたことなんてなかったのに。

「……」 

ふっと、私を見下ろしてた昌也さんの姿が消えた。左右を見回すと、酒井が昌也さんの胸ぐら掴んでた。 

「てめー、ふざけんなっ。これ以上、木塚、傷つけるんじゃねえよ」

「俺は自分の気持ちを正直に言っただけだよ?」

「嘘つけっ!」

「俺の言葉が嘘か真実かを判断するのは、君じゃない。七海ちゃんなんじゃないかな」 

自分の襟元をつかむ酒井の手を、自分の手で抑えながら、昌也さんは流し目でこっちを見てきた。同時に、酒井もこっちを見る。 

 酒井に会ってなかったら、「好きだよ」って甘い言葉に惑わされて、騙されて、また同じこと繰り返してたかもしれない。

「酒井。昌也さん、離して…」

「木塚?」 

酒井は不承不承手を離して、昌也さんは勝ち誇った顔になる。ごめんね、酒井。

 

 

愛されることばっかり望んでた。 

どうせ好きになってもらえないからと、自分の気持ちは捻じ曲げて抑えこんでた。好きだって気持ちを素直に伝えなきゃ、好きになってなんてもらえるわけないのに。

  

ちぃが愛され上手なのは、自分の中の愛情を伝えるのが上手だからだ。 


「…昌也さんの言葉が嘘でも真実でも、もう、どっちでもいいです」

「七海ちゃん?」

「さようなら」 

ペコっと頭を下げて別れを告げた。中味は何も入ってないのに、膨らませ過ぎた風船みたいな恋が、パァンと胸の中ではじけ飛んだ。 

舌打ちしながら、レクサスに乗り込むと、昌也さんは走り去っていった。

  

「木塚、カッコ良かった」

「酒井もカッコ良かったよ?」

さらりと言うと、酒井は照れたのか、口元を手で覆う。さっきあんな恥ずかしいこと、堂々と昌也さんの前で言ってたくせに。でも、自分への真面目な褒め言葉は、恥ずかしがるのが酒井らしい。

 「酒井、あのね…」

心臓ばくばくして、口から飛び出しそう。手にも、すっごい汗かいてる。でも、言わなきゃ。今、言わないと、今度いつ言えるかわかんない。

 

カワイイ顔、カワイイ声でなんて無理。でもごめん、聞いて欲しい。私の精一杯の声。

 

 

「私、酒井が好き…」