♯10


 

一世一代の勇気を振り絞った私の告白に、酒井はすごく、もんのすごーーーく微妙な顔をした。

 

やっぱり迷惑だった?

「え、えと。以上です」

居た堪れなくてさっさと撤収しようとしたら、「待てよ」って、首根っこ掴まれてた。

「何でお前が先に言うんだよっ」

酒井は苛立ちを私にぶつけてくる。

「え?」

「俺が先に言いたかったのに」

「何を?」

「告白」

「誰に?」

「お前以外、誰がいるんだよっ!!!」

 

う、うそぉぉぉぉぉっ。

 

 

「だって、あんたちぃが好きなんじゃ…」

「いつの時代の話をしてんだよっ」

「ほんの数ヶ月前じゃん」

「流石に人妻に横恋慕はねえわ。遠藤ちゃん、嫉妬深いし」

「ほん…とに?」

「いくら俺だって、なんとも思ってない奴のために、車にバトル仕掛けない」

こんなのって信じられない。奇跡みたい。まだ半信半疑の私。

現実だって思い知らせるみたいに、酒井は私の二の腕をぐっと引いた。ぎゅっと後頭部と背中に腕を回されると、もっと密着度が高くなった。

Tシャツ、まだ汗で湿ってる。うちのお店のシャンプーの匂いと、酒井の汗の匂いを吸い込んで、そっとゴツい肩に手を載せた。

 

「木塚が好きだよ」

私の顔を正面にあった酒井の顔は、今まで見たことないくらい、色っぽかった。こいつ、こんな顔できるんだ…。教室でのおばかな態度のギャップに驚いているうちに、酒井の唇がそっと私のそれに重なった。

俺のものだよ、ってスタンプでも押すみたいに、ぴったりと私の唇に押し当てて、酒井の唇はすぐに離れて行ってしまった。

「めっちゃ緊張した、俺、もう無理かも」

はあっと大きく息を吐いて、酒井はぼやいて、歩道に横たわったままだった自転車を起こす。そんな酒井の行動を見てても、まだ信じられない。

 

「聞いてもいい? 私の何処、好きになってくれたの…?」

自転車を引きながら、駅の方の道に歩き出した酒井のあとをついて行きながら聞いてみた。

「お前、俺にそれ聞くんなら自分も言えよ?」

「うっ」

絶句した私に構わず、酒井は話し始めた。

「…泣きながら、ラーメン食べてるの見た時からかな? 意識したの。木塚って、口悪いけど、友達思いのしっかりモンだと思ってたのに、全然ダメダメじゃん…って、放っておけなくなった」

「…ダメなとこ見初められちゃったってこと?」

「うん、そうだな。俺、庇護欲そそられるのがタイプなのかもしんない」

…嬉しくない。

 

「お前は?」

酒井が私の後頭部を軽く手ではたいて、聞いてくる。…やっぱり私も言わなきゃダメ?

「…最初に怒られた時かも。『…彼氏じゃない奴と、お前、あんなん買いに来るの?』って。自分でも思ってたこと、ずばって言われたから、腹も立ったけど、心に刺さった…」

「木塚…」

「ん?」

「もうほかの奴にふらふらすんなよ」

「うん…」

幸せを噛みしめるみたいに、ふたりでゆっくり駅に向かった。

改札の前で、やっと連絡先交換して、酒井が今更な確認してくる。

「俺達、付き合うってことでいいよな?」

「うん…」

「木塚が俺の彼女になったってこと、言ってもいい?」

「…誰に?」

スマホを操作しながら聞く酒井が不審過ぎる。なになに、どういうこと?

「木塚と付き合うことになったら、真っ先に知らせろ、って春日に言われてんだよ、俺」

「な、何で? 何でちぃがそんなこと…」

私が問い詰めると、酒井は急に気まずそうに目を泳がせた。明後日の方向を見やりながら、人差し指で頬をポリポリ掻きながら、酒井は言いにくそうに、暴露した。

「春日に木塚のこと、相談してたから?」

ええええええ~~~~~????? き、聞いてねえ~~~~。

 

 

 


 

 

「だからあ、この間、七海に会った時は全く知らなかったんだって。そのあと、すぐ…くらいかな。酒井くんから電話来て、『木塚のこと、好きになったから協力してくれない?』って言われて」

スマホの向こう側で、ちぃは言い訳がましく言う。ちろっと目の前の酒井を見ると、ちぃの言葉がある程度は聞き取れるのか、うんうんと頷いてる。

酒井がちぃに報告してるそのスマホを奪い取って、乱入したのだ。

「酒井くんに言われたら断れない…じゃん? 散々お世話になってるし。だから…協力するって言っても、少しアドバイスしただけだよ?」

「へえ、どんな?」

「七海は素直じゃないから、お仕着せのWデートとか、絶対意固地になっちゃって、うまくいかないと思う。ガンガン押せ押せで行くより、ちょっと引き気味くらいのがいいよ、って…」

高校3年間を通じての親友は私の性格をよく把握してる。あからさまに好意…というか、下心を見せられるのは苦手だ。

「だからってさあ」

親友と自分の片想いの相手が、結託してたって、この構図どうなの。裏切られた…まで言わないけど、面白くない。

 

「でも、うまく行ったんでしょ? 良かったね、七海。幸せはなったもん勝ちだよ」

そしてちぃは、私のもやもやなんて吹き飛ばす明るさで、からっと言ってくる。ちぃのこういう無邪気というか、脳天気なとこ、真似出来ないってゆーか、羨ましいってゆーか…。

 

禁断の恋を1年守り続けた挙句、ちゃっかりその担任と結婚しちゃう子だもんな。私が思ってたよりずっとちぃは逞しい…。逞しくなったのかもしれないけど。 

「うん、ありがと」

「酒井くんにも言ったんだけどさ、今度うちに遊びに来なよ、ふたりで」

「いいの? 遠藤ちゃん何も言わない?」

「え、平気平気。けいちゃんには内緒にしておいて、ふたり揃ったところで、交際宣言したら面白そうじゃない?」

「え…」

あっけらかんと自分の旦那にドッキリ仕掛ける計画を持ちかける妻。ちょっと遠藤ちゃんに同情してる私の横で、酒井は千帆の今の発言聞いてたのか、「春日サイコー」って、お腹抱えて笑ってる。

いーのか、これ。

「あ、けいちゃんの車帰って来た。また電話するね」

ちぃはいそいそと電話を切ってしまう。釈然としない何かを抱えながら、私はスマホを酒井に返そうとする。酒井の前に差し出した私の手を、スマホごと酒井はぎゅっと握った。

 

 

「七海――」

いきなり呼び捨てにされて、一気に心拍数が上がった。

「…って、呼んでもいい?」

しかも後から、そんな質問つけるの、反則だろっ。もう、七海って呼んじゃってるもおんなじじゃん。

「…ダメ。絶対ダメ」

「俺のことも航って呼んでいいから」

やだって言ってるのに、酒井はすげー厚かましい。キスしたくらいで調子こいてんじゃね~よっ、酒井のくせに。

「やだーやだやだやだ、無理」

「何で」

「…だって、ドキドキし過ぎて、死んじゃいそう」

 「ば…っ、お前、急に可愛くなんじゃねえよ」



今度は、酒井の方が耳まで赤くなってた。