Failure①


 

近藤風花さん。22歳。短大を卒業後は、地元の無認可の保育施設で働く。

 

風花さんの保育施設では、毎日10時過ぎに、子どもたちと一緒にお散歩に行く。そんな情報を手に入れた私は、有給を取って、平日の昼間、風花さんの働く保育施設の真ん前の公園のベンチに座ってた。

まだ幼稚園にも通う前の小さな子どもたちがママと一緒に、遊具で遊んだり、犬の散歩をしてる人がいたり。

平日の公園は、びっくりするくらいのどかだ。

コンビニで買ったコーヒーを飲みながら、私は向かいの建物の3階を見つめた。窓ガラスに、なかよし園、と園の名前が入ってる。

 

しばらくしてから、先生と子どもたちが出てきた。子どもは20人くらい。ふたりずつ手を繋ぎ、きちんと列をなして、真っすぐにこっちに向かってくる。子どもたちの列の前後にふたりずつ、引率の先生がいた。

 

私はさっとこの間の写真を手帳から取り出し、彼女たちと見比べる。

(…いた、彼女だ!)

 

前方の左側に近藤さんの姿を見つけて、コーヒーを飲みながら、さりげなく彼女の姿を目で追った。

茶色の髪をふたつに括って、肩に提げてる。先生の中ではいちばん若そうだ。子どもたちににこにこ向けてる笑顔は、空くんと映ってた写真を同じに可愛らしい。

 

公園に着くと、子どもたちは弾けた風船みたいに、一斉にあちこちに散って、遊びだす。先生たちは、その子どもたちを見守るスタイルのようだ。

ボール遊びに興じる子どもたちの近くで、立ってる彼女に近づいて行った。

 

「あの…」

おずおずと声を掛ける。風花さんは、私の方を振り返って、怪訝そうに目を細めた。

「すみません。海野眞羽と言います。拝島空くんのことで、お話が…」

拝島空、の名を出した瞬間、風花さんの眉がぴくっと上がった。

「仕事中なんで困ります」

視線を再び、子どもたちの方に移し、そっけなく風花さんは言った。

「お仕事終わるの待ってます」

「…6時過ぎですよ?」

「6時過ぎにまたここに来ます」

「……」

 

風花さんは軽く頷いた。他の先生たちもこっちを気にしている。これ以上長居しても意味がない。私は早々に立ち去った。

 

 

夕方、風花さんが昼間と同じ公園に現れたのは、6時半近くなってからだった。

動きやすいジャージから、通勤用らしい白いコートと紺のスカートに身を包み、髪をアップにしていると、また印象ががらりと変わって見えた。

 

「こんばんは」

真ん前に立たれ、ベンチに座ったままだった私は、軽く会釈すると、風花さんは私の隣に腰かける。そのあとで「いいですか?」と尋ねられた。

何のことかもわからずに「あ、はい」と間の抜けた返事をすると、ポーチからたばことライターを取り出して、火をつける。

長いため息とともに、風花さんは紫煙をくゆらせた。

吸い慣れてるその姿に、イメージが崩れる。私が、感じたことを、彼女も察知したらしい。

 

「ストレスたまるんですよ? 保育士って」

と、尋ねてもいないことを言い訳してきた。

待遇とか、給料とか、今、保育士って何かと話題の職種だもんね。

 

「海野さん…でしたっけ? 名刺とか、あります?」

乞われるままに、名刺を差し出した。私の会社名入りの名刺を、風花さんはしばらく眺めてから、吐き出すように言った。

 

「なんだ、警察の人じゃないのか」

低い声。ぞんざいな言葉遣い。なんか、イメージ違う。

3回ほど、夕闇に沈んでいく空に、白い煙をたなびかせてから、漸く風花さんは、私を見た。

「海野さんて、空の一体何?」

「昔の友達です」

「その友達が、今更何なんですか?」

迷惑そうな態度を隠しもしないで、風花さんは更に尋ねてくる。いい顔されないと思うよ、今頃、大地の言葉が蘇ってきた。

 

橋本さんも、肉屋のおばちゃんも、好意的だったから、私はすっかり勘違いしていた。みんな、空くんのこと、懐かしがってくれてるって。

剥き出しにされてる嫌悪の感情に怯みつつも、私は風花さんの問いに答える。彼女が私のことを不審に思うのも、不快に思うのも無理ないのかもしれないけれど、私は私で譲れない。わざわざ有給だって使ってきたんだし。

 

「空くんの死のことで、聞きたいことがあって。――空くんの弟さんは、自殺を疑ってます。もし、何かその原因で心当たりとかあれば…」

「やめてよ!」

 

けれど、私の言葉を、風花さんは強い言葉で遮ってしまう。

手にしてたたばこを、持ってたフィルターに押し付け、立ち上がる。

 

「思い出したくなんてないの。やっと忘れられたと思ったのに。なんで、空のことなんか…。ねえ、貴方はあの現場見てないよね? 想像してみてよ。大好きな人が血塗れで、変わり果てた姿で倒れてるんだよ? 何度も何度も夢に見た――やっと、やっと。薄れてきたのに…」

「……」

悲痛な叫びを訴えられたら、何も言えなくなった。

…橋本さんが言っていたっけ。女の子と、自分が第一発見者だったって…。

 

「ふぅ」

彼女を呼ぶ声がして、ぱっと顔を上げたら、公園の外の舗道から、風花さんと手招きしてる男の人がいる。

 

「リョウ」

と彼女は彼を認めて、そう呼んだ。背はあまり高くないけど、きりっと鋭い目をしてる彼に、私も見覚えがあった。

赤城さんて言ってたっけ…空くんと風花さんと3人で写真に写ってた人だ。

 

赤城さんに呼ばれるままに、風花さんは彼に近づいていく。

「だから、行くなって言ったじゃん」

手の届く位置まで来た彼女をがしっと抱きしめて、赤城さんは聞こえよがしに言った。

「だって、もし警察の人とかだったら…って」

「あの事件は終わってんだよ、そんなわけない、って言っただろ?」

「ん…」

 

風花さんを宥めるような発言をいくつかしてから、赤城さんはこっちをひと睨みして、来た方向に風花さんを連れて行ってしまう。

せっかく一日潰してきたのに、何も得られなかった。

空くんを好きだった人を傷つけただけで終わってしまった…。