Failure②


 

間違いだったのかな。私がやってきたことって。

空くんの死の真相を知りたいなんて、思い上がりでしかなかったのかな。

 

自分に投げかける問いかけが、どんどん自分自身の心をむしばんでく。

 

 

どのくらい、そこにいたんだろう。

頭上にぱらぱらと雨が落ちてくる。

(あー、雨だ)

頭は反応しても、体は動かない。さっきのベンチに座ったまんま、髪も服も雨粒が染みていくのに、そのまま座り続けてた。

身体も心も凍り付いて、公園のベンチと同化したような私に誰かが近づいてくる。

 

私の頭上に傘が差し掛けてくれたその人は、私の姿を見て、優しく微笑んだ。

 

「…空、くん…?」

何だ、空くん、やっぱり生きてたんだ。ひどいな、むねたも大地も。死んだなんて言って、私を騙してたんだ。

 

「空くん、どうして…」

「ま、いっけどさ、空でも大地でも」

 

空くんとは違う声と口調で、私はやっと私の過ちに気が付く。…空くんじゃ、ない。

 

 

「うわ、ご、ごめん、大地っ」

「いーよ、別に」

「な、なんか頭ぼーっとしてたみたいで」

「…俺は、いーよ? 兄貴の代わりでも」

 

何言ってるの? 大地の言ってる意味がわからなくて、大地の横顔をじっと見つめた。私の視線に気づいて、大地はこっちに向き直る。黒い空から糸が垂れるみたいに、無数の雨が落ちてくる。公園脇の白いコンクリの舗道は、既にびちゃびちゃで、一歩歩く度に靴の中に雨が染みてくる。

急の雨のせいで、人通りも一気になくなった。そんな道の片隅で、大地は傘を傾けて、車道からの視界を塞ぐと、立ち止まってぐっと私に顔を寄せてきた。

反射的に何をされるかわかったのに、私は目を閉じて、大地の行為を受け止めた。

 

大地の乾いた唇が私の濡れた唇をなぞる。あったかい。触れられた瞬間に、そう感じた。

 

「……」

「ごめん。兄貴の代わりとか、落ち込んでる眞羽にキスしたりとか、俺、とことん卑怯だな」

「…う、ううん」

 

なんか、恥ずかしくて顔あげらんない。

でも、卑怯なのは、私も同じだよ、大地。

 

だって、キスされた時、私は大地だってわかってて、目を閉じたもの…。

空くんじゃないってわかってたのに…。

 

「眞羽、俺…」

「大地、どうして私がいるとこ…」

 

思いつめた表情をしてる大地の言葉を、途中で遮る。大地は、何処かほっとしたように、表情を緩めた。

 

「…赤城って人から、うちに連絡があった」

「赤城…」

 

空くんと風花さんと一緒に写真に映ってた人。さっき、風花さんを私の前から、連れて行っちゃった人だ…。

 

「なんて…」

「拝島空の死と、俺たちは、なんの関係もない。二度と変な女を、ふぅに近づけんな、って」

 

変な女が、私を指すって、すぐに大地はピンと来て、何処でその女に会ったのか、言いたいことだけ言って、電話を切ろうとする赤城さんに食い下がったらしい。

すぐに私のところにも連絡もくれてた。ぼんやりし過ぎてて気づいてなかったけれど、スマホには大地からの着信がたくさん来てた。

 

「近藤さんはさ。兄貴の葬式にも来なかったんだ…」

「え?」

「代わりに、母親が乗り込んできた。うちの子が、死体なんて見たせいで、ひどくショックを受けて、寝込んでるって。そちらのお宅には同情するけれど、ひとり団体行動外れて、自分勝手な行動したせいで、事故に遭ったんだから、兄貴の死は、自業自得だって」

「う、嘘だよね」

「まあ、ここまで直接的ではなかったけど、似たようなこと言われたよ? あん時、眞羽いてくれたら、何か言い返してくれたんだろうな」

 

胸糞悪いだろう過去を、大地は笑い話にする。

 

「うん…絶対言った」

 

相槌を打ちながら、思い出す。私が風花さんに会いに行きたいって言った時、大地が渋い顔してたことを。

 

大地はわかってたんだろう。手掛かりなんて得られないことを。

 

 

「近藤さんと空くんて…ほんとに付き合ってたの?」

 

私に空くんの交友関係に口を挟む権利はない。空くんが私以外の人を好きになるのもしょうがない。頭ではわかってるけど、でも、なんか嫌だ。彼女は嫌。

 

好きな人が目の前で死んでしまってショックなのはわかる。忘れたいって願うのも、見も知らぬ第三者から、過去をほじくり返されたら、警戒するのも当然。

だけど、私に対する態度はともかく、大地や空くんの家族に対しても、近藤風花さんの態度は、『空くんの彼女』としての誠意がないような気がする。

 

どす黒い雨雲みたいなもやもやした感情が、一気に胸を占拠する。

 

(空くん、あんな人が好きだったの?)

 

 

「…妬いてんの?」

 

黙りこくった私を大地がからかう。

 

 

「違うもん」

「…まあ、わかるよ。俺もあの女キライ」

 

割とずけずけと言いたいことを言う大地だけれど、誰かを『キライ』だと断言するのは、初めてだ。私の知らない何かが、まだ大地と風花さんの間にはあるのかも。

 

 

傘越しに濡れた駅ビルが目に入る。周囲を歩く人の姿も増えてきて、大地は少し歩調を緩めて、そして私の肩を傘を持ってない方の手で抱き寄せた。

 

 

「…大地…?」

 

そんなに近づかなくても濡れないよ? 不審に思って、彼の名を呼ぼうとした声は、雨と雑踏に掻き消されてしまうくらい、小さなものだった。

 

 

「兄貴とは、女の趣味が似てるのか、似てないのか、わかんねーや」

 

またからかってるのか、自嘲なのか、軽く笑いながら、大地は私にそんな耳打ちをする。

 

 

「ばかじゃないの? 何言ってんの?」いつもの調子で返したいのに、返せない。皮肉に笑って、軽く歪んだ口元を見て、さっき触れられた感触を思い出して、かぁって身体が熱くなる。

 

「ここまで来れば濡れないだろ? じゃあな、眞羽」

 

足が止まってしまった私の背中を、大地は手のひらで軽く押し出す。

 

 

まだ、話したいことが、聞きたいことがたくさんあるのに。回転扉の前で振り返ると、大地はもう反対方向に歩き始めていた。

 

その日を境に、大地からの連絡はぷっつりと途絶えた。