Fake③


 

ショッキングな言葉に、私は思わず振り向いた。からかってる? だとしたら、めちゃくちゃブラックジョークだ。

けど、弟くんの表情は真顔そのものだった。

 

「ま、遺書もないし、倒れた時の状況から言って、それはない、ってケーサツは断言してたけどな」

それでも自殺だと思う心当たりは何なんだろう。

 

「…空くんが亡くなった時の様子、教えて…」

私の頼みが、弟くんには意外だったのか、彼は微かに首を傾げた。

「帰るんじゃないの? 当てが、外れたろ? ――俺が、拝島空じゃなくて」

「最初から空くんに会えるなんて思ってないもん。私は誰が、どういう目的であんなことやってるのか知りたかっただけだから」

誰が、については明らかになった。目的も…きっと、弟くんの話をもっとよく聞けば、わかる気がする。

 

「変わってるね、海野さん」

「そう?」

弟くんはまだ私の真意を測りかねたように、じっと私を見つめてきたから、私もその視線を跳ね返すように強い視線を彼に向けた。事実、この時彼は私を疑ってたんだと思う。ううん、弟くんにとっては、彼に関わろうとするすべての人が、拝島空を追い詰めた容疑者みたいに見えていたのかもしれない。

 

けど、まだそんな弟くんの悲壮な覚悟にも、空くんにまとわりつく黒雲みたいな影にも、私は気づかないでいた…。

 

 

 

「わかった」

しばらくしてから、弟くんはそう言って、腕時計をちらっと見た。

「海野さん、今日時間あるの?」

自慢じゃないけど、休みを埋めるような予定なんて毎回ない。

「平気…」

「じゃ、これからうちに来る?」

「えっ」

 

空くんの弟で、10年以上前に一度会ってるとはいえ、ほぼ初対面の男の人の家に、お邪魔するってどうなんだろう…。躊躇してると、ばかにするように笑われた。

 

「兄貴の女盗るほど、不自由してねーし。ちょっと見せたいものがあるんだよ」

「…ああ」

見せたいもの…それは、空くんに関わる『何か』なのだろう。だったら。私の中の迷いはさっと雲が晴れていくみたいに消えていく。

「それなら行く」

 

 

弟くんとの会話は、ここまで100パーセント空くんに関することだったと過去のことだったわけで、空くんの家に向かう電車の中で、やっと私たちはお互いのことを話した。

 

 

弟くんは19歳になってた。地元の大学に通う1年生――だそうだ。心理学専攻。

空くんも頭良かったから、弟くんも成績いいんだろうなあ…って思ったくらい。

私の仕事のことも話すと、もう話題がなくなっちゃって、私たちは横並びの座席で黙り込む。眠くなっちゃう。いや、でも寝たら失礼だよね…。

 

でも、昨日も残業で帰り遅かったし、電車の揺れってどうしてこう眠気を誘うんだろ…そんなことを考えながら、ひょいっと横を見たら、弟くんは腕を組んで首をかくんかくんさせてる。

 

(先にそっちが寝るんかい)

 

イラッと来たけど、カレカノじゃないし、先輩後輩ってわけでもない。電光石火の早業にあきれはしたけど、怒るところでもないから、降りるって言われた駅のとこまでは、寝かせておいてあげた。

 

「…拝島さん」

「……んっ」

「あの、拝島さん」

肩を叩いて、名前を呼ぶと、弟くんはこっちがびくっとなるくらい、反応して、頭をあげた。

 

「やっべ、俺寝てた?」

「…う、うん」

「降りなきゃ」

 

あわただしく、ホームへ駆け下りた。もうひとつ電車を乗り継いで、知らない街に降り立った。

 

ここが、空くんが住んでた街――。駅前には小さな商店街があって、そこを抜けるとゆるっとした坂道を、弟くんは降りていく。県庁所在地の中ではあるけれど、小さな静かな町だった。

 

子どもの頃は、空くんはすごく遠くに行っちゃった気がしたのに、大人になってみれば、うちからでも電車で1時間もあればついてしまう距離。

「今日、拝島さんのご両親は?」

突然押しかけちゃっていいのだろうか。そう思って、弟くんに尋ねると、弟くんに吹き出された。

 

「さっきから思ってたけど、何だよ、拝島さんて。大地でいいよ」

「…大地くん…?」

「大地でいい。俺も眞羽って呼ぶから、おあいこ」

「え、でも」

「その代わり、うちの家族の前で、兄ちゃんの名前出さないで。あんたとは全く逆の向きに、兄ちゃんの死を受け入れられないでいる人がいるから」

「…わかった」

「眞羽は俺のバイトの先輩ってことにでもしておいて」

 

『眞羽』

声は空くんのが高くて穏やかで、弟くんはハスキーでぶっきらぼう。似てないと思ったのに、同じ言葉をしゃべると、ちょっと似てる。微かに震えた心は押し隠して聞いた。

「…バイト、何?」

「引っ越し屋」

うわ、ガテン系。引っ越しのバイトって、女の子少なそ。