Fake④


 

駅から10分くらい歩いたとこで、弟くんは立ち止まった。

「ここなんだ」

ダークグレーの壁面と黒の屋根に覆われたシックな家が目の前にあった。弟くんは当たり前にドアを引いて、中に入り、私を手招きする。

「ただいま~」

とだけ言うけれど、中からの反応はなかった。休みの日なのに、誰もいないのかな。

2階の部屋にお邪魔した。

以前に空くんに招かれるままに入った部屋は二段ベッドとか、並んだおそろいの机とか…いかにも男の子ふたりの部屋だったのに、今は全部ひとつずつしかなくて、うさぎもいなかった。

 

「あれからうさぎ、飼ってないんだね」

広いけれど寂しく見えて、つい感想がそのまま口をついて出てしまった。

「ん? ああ。世話する人もいなくなっちゃったからな」

「そっか…」

ラグの上に私を座らせて。

「お茶でも飲む?」

意外に細やかな気遣いを、弟くんは言ってくる。

「え? ああ、いいよ。気にしないで」

「とっとと用済ませて帰った方がいっか」

「…別にそうは言ってないけど」

「兄ちゃんにしか興味ねえって、あんたの目が言ってる」

どうしてこの人ってこういう…わざと人の神経逆撫でして、怒らせて、面白がるようなこと、すんだろ。

 

「…だって、現にそうだもん。貴方だって、それ以上の興味、持ってないんでしょ?」

だから、こっちも敢えて、取り繕ったりしないで、正直に答える。

「まあね」

と、弟くんはくすりと笑って、立ち上がる。

自然に出口の方に目を向けた私は、ドアの隙間から、こちらを見る視線とまともに目が合った。

 

 

 

きゃあぁぁぁぁぁぁぁ。喉まで出た絶叫を、両手で手を塞いで、咄嗟に飲み込む。

 

誰もいないと思い込んでたのに、ドアの隙間三分の一くらいから片方の目だけが見えたのだ。怖いびっくりした、心臓止まるかと思った。

私程は、衝撃を受けなかったものの、大地も少なからず驚いたらしい。

 

「…脅かすなよ、母さん」

安堵の溜息の混じった言葉で、私はこの人が大地のお母さんだってことを知る。

「ごめんなさい」

棒読みでお母さんは謝って、それから部屋の中に入ってきた。

 

「貴方がお友達連れてくるなんて珍しいから…」

「お友達じゃなくて、バイト先の先輩。海野さん」

大地に紹介されて、お母さんは私の方を見る。すらっとした背、綺麗な顔立ち、上品な微笑みは、やっぱり空くんに似てると思った。

けど、次のお母さんの台詞で、私はもう一度血の気も引くような衝撃を受けた。

 

「あら、バイトの。…よろしくお願いします。この子、一人っ子で甘やかされてるから…ご迷惑お掛けしてないですか?」

 

(…え?)

 

何言ってるの? と訳がわかんなくて、大地を見た。大地は諦めたような笑顔を作って、無言で私に答える。

――な? 言ったろ?

 

さっき、来る途中までに大地が言ってた『私とは全く逆の向きに、兄ちゃんの死を受け入れられないでいる人』ってお母さんのことだったんだ。

 

空くんの話題はタブーだと、大地に前もって言われてる。何とも言えない気持ちのまま、私はお母さんの話に適当に相槌を打った。

 

 

二、三言葉を交わしたら、お母さんは「お茶お持ちします」と下に降りていく。

 

「…ま、そゆこと」

苦笑いしながら、大地はお母さんを見送った。なんて言っていいんだろ。言葉に迷って、結局下を向いて俯いた。

 

「気ぃ使わなくていーよ。俺はもう慣れたし。それくらいさ、兄ちゃんの死は突然で、その衝撃は計り知れないくらい、デカかったんだよね、俺ら家族にとって」

…気ぃ使ってるの、そっちじゃん。大地は何気ない風を装って言ってから、彼は上に手を伸ばし、天井と本棚の間に挟み込んである箱を取り出した。

 

 

「兄ちゃんが死んで、母さんがおかしくなって。家の中とか全部、兄ちゃんのもの、撤去して家の中全部模様替えして。だから、兄ちゃんの遺品てもうすごく少ないんだよね。この箱の中のものと――あとは、パソコンくらいかな? あとは、服は俺が全部貰ってちょいちょい着てる。これもそう」

大地は胸を反らして、今来てるジャケットを私に見せつける。ブルーのジャケット。うん。空くんに似合いそうな、さわやかな色だった。

「…そう、なんだ…」

「この中、見る? 刺激強いものもあるけど、平気?」

もとはお菓子が入ってた、なんの変哲もない紙製の箱。何度か見かけたことのある港のイラストを、大地の大きな手が覆う。

 

まるで、パンドラの箱みたい。

見たくない現実もきっと沢山入ってる。それでも、空くんのことから、目を逸らしたくない――ごくんと生唾を飲み込んでから、答えた。

 

「…見せて、大地」

 

 

「わかった」と大地は、かぶせられた蓋を開ける。いちばん上にあったのは、新聞記事を一枚の写真だった。むねたに見せられたwebのニュースより、もう少し詳しく空くんの事故の詳細が書かれてて、こっちには空くんの写真も入ってた。

 

何かがわかると期待して文字を目で追っていた私は、読み進めるに従って、却って混乱してきてしまう。

 

 

――201×年8月23日。長野県○○郡××村の山中で、拝島空さん(18)の遺体が発見された。空さんは、神奈川県の高校生で、部活の合宿でこの山に宿泊。朝になって空さんの姿が見えないので、同行した生徒たちが探したところ、立ち入り禁止区域内の崖の下で見つかった。後頭部を強打しており、病院で死亡が確認された。遺書などはなかったことから、警察では事故と見て、詳しい状況を調べている。

 

 

(何、これ…)