Fake⑥


 

 

「え。これ、どういうこと?」

 

私の知ってる空くんは、頭が良くて、大人びてて、冷静で…とても、こんな弱音みたいのを、しかもノートいっぱいに吐くような人じゃない。

 

 

「空くんに何かあったってこと? 何があったの?」

私はノートを丸めて握りしめながら、大地に尋ねる。大地は私の剣幕に困り果てたみたいに、ぽつりと言った。

 

「だから…わかんねーんだよ…」

「警察には?」

「うん。その時の担当の刑事さんに電話して言ったよ。けど、これ見つけたの自体、もう兄ちゃん死んでから1年も過ぎたあとで…。それに警察も、事故の1か月以上前のノートの言わば走り書きみたいなもので、これで自殺と断定するのなんて、無理、って答えだった」

『自殺』を疑ってる。最初に大地が言ってたわけが、漸くわかった。

 

「弔問に来てくれた兄ちゃんの友達とか部活の先輩後輩の連絡先とか、全部当たって、心当たりとか聞いてみた。兄ちゃん、なんか困ったことなかったか、なんか悩んでなかったか。

みんな『わかんない』の一点張り。本当に心当たりがないのか、何かを隠してんのかすらわかんないくらい、心折れた」

誰も、親身になってくれない。

亡くなった人のことなんて、みんな忘れてしまって、前を向いて生きてるから。

 

「そんでSNSも兄貴を装ってやってみたんだ。ネットでつながってる誰かとかなら、悩みとか打ち明けてるかもしんね~。規約違反なのは、百も承知だったけど。他に手蔓なんてなかったから。したら、眞羽が引っかかった」

大地は嬉しそうににこっと笑った。

「ちょ…、人を釣り針に食いついた魚みたいに言わないでよね」

「最初は何が目的かわかんなかったからさ、ちょっと警戒して、やな態度取ってごめん」

「…あー、あれ演技だったんだ。地かと思った」

「なわけないじゃん」

 

にかっと白い歯を見せてから、大地はまた空くんの遺品の詰まった箱に、目を落とす。

もう、こんなちっぽけな箱にしか、空くんが生きてた証はないんだ…。

 

「これ、見ていい?」

「いーよ。俺は、もう目にタコ出来るくらい、全部読んだから」

「…目にタコ、出来ないよ?」

「うるせーよ。比喩に決まってるだろ?」

 

教科書、ノート、使えなくなったスマホ、携帯オーディオプレーヤー。リストバンド。うさぎの飼育書。…空くんがいっぱい残ってる。

いちばん底の方に、可愛い封筒がいっぱい溜まってた。

 

「これ…」

見覚えある柄。ひとつずつ取って確かめる。

(空くん、取っておいてくれてたんだ…)

拝島空様。海野眞羽。今よりずっと幼い文字で書かれた宛名と差出人の名前。取っておいてくれたことが嬉しくて、私は両手でその封筒を握ったまま、顔を覆った。

 

嬉しいのかな、悔しいのかな、わかんない。

空くんが取っておいてくれてたことが嬉しくて、自分が空くんを諦めてしまったことが悔しい。

返事なんか来なくても、ずっと手紙書き続けてればよかった。もっと、空くんと話したかった。

 

「あー。それね」

私が感極まってるのに、大地は水を差すように、そっけなく相槌を打つ。何なのよ、こいつ。さっきは文通なんてしてたの?なんて、ばかにしてきたくせに。

 

っていうか、ちょっと待って。

 

「ねえ!」

「な、何だよ」

「あんたこれ、読んでないでしょうね」

「え…?」

大地の黒目が微かに泳いだ。

「読んだの?」

じりっとお尻ごと後ずさった大地につめ寄る。大地は私が近づいた分だけ、また少し下がった。怪しすぎ。

「読んだでしょ!」

重ねて追及すると、「あー、まあ…」とか口ごもりながら、大地は白状した。

 

「いつまで連絡取ってたのかな、とかそれくらいは…」

「信じらんないっ!」

結構最初の頃の手紙って、まだテンション高くって、遠恋に浸ってたとこもあって。

『空くん大好き』とか『私のこと、忘れないでね』とか、綿々と書き綴ってた覚えがあるんだけど…。

 

(あーもうやだやだやだやだ)

目の前の人に昔のラブレター読まれてたなんて、恥ずかしすぎる。

頭を抱えてうずくまった私に、大地は腫れ物に触るみたいに、おずおずと声を掛けてくる。

 

「…ご、ごめん」

「ごめんで済んだらケーサツいらない」

「そんな小学生みたいなこと言うなよ」

ラグに手をついて、顔を上げる。大地は生真面目な顔になってた。すっと長い眉。きりっとした目尻。そういう顔すると、やっぱり空くんと似てる。

 

「…なあ、眞羽」

「何よ」

「俺、やっぱり納得行かないんだ。兄ちゃんが、死んだ理由。――わかんないけど、俺の中で全く腑に落ちない。だから、いろいろ調べてんだ。眞羽だったら、兄ちゃんのもっと昔の交友関係もわかるだろ?」

「…う、うん」

「だからさ、俺に協力してくんない?」

大地の目は真剣そのもので、つられて頷きそうになって、ハッとした。

「な、なにを?」

「何をって、決まってんじゃん。兄ちゃんがどうして死んだのか、本当に自殺じゃないのか。事故だって言うのなら、あの夜何があったのか。俺は、知りたい…」

「調べるって…どうやって。あんた、もうできること全部やってんじゃん」

空くんの生前の知り合いに連絡取ってみたり、警察に遺品の中から、ちょっと怪しげな文章が出てきたこと、告げたり。

 

それでも、誰も、取り合ってくれなかったんでしょ?

 

「…方法論は今は置いておいて。――眞羽は知りたくない?」

私が無造作にラグについたままの手に、大地の手が重なった。大きくて、分厚い。あったかい手。――生きてる、手。

その質問は、ずるいと思った。大地はとっくに私の答えを見透かしてる。

 

知りたいからこそ、私は今ここにいるのに。

 

「…わかった…」

私に何が出来る? 本当に真実なんて見つけられる?

懐疑的になりながら、それでも大地の提案に私は頷いた。

 

 

私の初恋はまだ終わってない。このままじゃ、終われない…。

 

 

けど、この時、私も大地も何もわかっていなかった。

 

海の水面は、表面は澄んでいても、深さが増すにしたがって、濃さと闇が増すように。

空くんのことも、知れば知るほどわからくなくなっていくことを。