First Love ②


 

うさぎたちは、夏休みも小屋にいるわけで。だから、飼育委員の仕事も、夏休みもなくならない。

と、言っても1週間に1度、朝か夕方に来て、うさぎのお世話するだけだし、空くんにも会えるから、私はむしろ嬉しくて、その日も、髪をツインテールにして、汚れてもいいけど、可愛いカッコをして、サンダル履いて、学校に出かけた。

空くんはもう来てて、小屋のカギを開けて、うさぎ達の様子を覗き込んでた。いつもはにこやかなその顔が、かなり曇ってる。

 

「空くん…?」

私が近づくと、空くんは少しほっとしたような顔になって、小屋の奥を指さした。

「…あいつ、動かないんだ、さっきから」

散乱した牧草の上で、くろすけがうずくまってる。

「くろすけ!」

思わず叫ぶと、耳はちょっとだけぴくんと動いたけど、こっちによって来たりする元気はないみたい。いつも私や空くんが来ると、ごはんの時間だとわかってて、餌箱にちょこんと前足乗せて、催促する。そんな食いしん坊なのに。

 

「…どうしちゃったんだろう」

空くんは小屋に手を差し入れて、くろすけの身体を抱き上げる。鼻を撫でると、またうっとりして、目を細めるけれど、そのまま寝入ってしまいそうな生気のない様子だった。

 

「私、先生呼んでくる」

職員室には、必ず誰か当直の先生がいて、うさぎに何かあったり、不審な人や物を見かけたら、すぐに職員室に来なさい、って言われてる。くろすけは空くんに任せて、私は職員室に走った。

 

ラッキーなことに、今日は職員室に担任の大友先生がいてくれた。先生もひとめ見て、くろすけの様子がおかしいことに気が付いて、他の当直の先生に声を掛けて、3人で近くの動物病院に行くことになった。

昨日の飼育委員の子にも、電話で話を聞いたけど、その時は餌の食いつきが悪いくらいだったらしい。

「お腹、すごく張ってる…」

タオルで包んだくろすけのお腹を触って、空くんが心配そうに言う。

 

動物病院の先生は、くろすけを見るなり、うーんと難しそうな顔をした。

レントゲンを撮ってもらい、触診をしてもらい、出た診断結果は『腸閉塞』。

それもかなり悪い状態らしい。

 

「うさぎさんは、具合悪くても、かなりのところまで我慢するからねえ」

腸の働きをよくしてもらう薬を出してくれたけれど、当のお医者さんが、そんなのは気休めって諦めてる風だった。

 

学校戻って、スポイトから薬をあげてみたけど、くろすけは飲んでくれない。

「くろすけぇ」

泣きそうになりながら、私は空くんの腕の中のくろすけを呼ぶ。重たそうに瞼を

開いて、くろすけはまた目を閉じてしまう。

お日様ががんがん照り付けて、私も空くんも、額に汗かいてるのに、くろすけの身体はどんどん固く冷たくなっていく。

「海野さん」

ずっとくろすけの身体を撫で続けてた空くんの手が止まった。

「何。空くん…」

「くろすけ、もう息してない…」

「……っ」

 

私の目から大粒の涙が、いくつもあふれて止まらなかった。

 

 

大友先生にくろすけが死んじゃったことを言いに行って、学校の校舎の裏側の隅っこにくろすけを埋めさせてもらった。

職員室に行く時も帰りも、くろすけの身体を埋めるための土を掘ってる時も、私はずっと泣き続けてた。

 

多分、くろすけが死んじゃったことよりも、命が消えていくのを目の当たりにしたことがショックだったんだと思う。私は、おじいちゃんもおばあちゃんも健在で、まだ「死」というものを、身近に体験したことがなかったから。

 

さっきまで動いてたものが動かなくなる。

昨日まであったものが今日はなくなってしまう。

生きていれば、そんなこと当たり前なのに、

 

 

「海野さん、もう泣かないでよ」

嗚咽の止まらない私に、空くんが困ったように言う。

ずっと泣いてた私と対照的に、空くんは淡々と、先生にくろすけの死を報告し、くろすけの身体をそっと土の中に横たえてた。私なんかより可愛がってた、空くんが悲しくないわけないのに。

「…と、止まらなくなっちゃったんだも…」

ひっくひっくとしゃくりあげながら、私は右の目をこすった。目の回り痛い。ひりひりする。

 

「そうなの?」

「うん」

「海野さんて…」

「?」

海野さんて何? 思わせぶりに空くんが言った言葉の続きが気になって、私は目の上に置いてた手をどけて、空くんを見る。想像以上に空くんの顔は近くにあって、そして、空くんの唇が私のそれに触れた。

 

 

大人の人からしたら、キス、なんて呼べないような、瞬きひとつしてたら、風かな?と錯覚してしまうような、そんな一瞬の接触でも、私には衝撃だった。

 

「…そ、そ、そらくん…っ」

「ひくひく止まった?」

ちょっと恥ずかしそうに、照れくさそうに空くんが聞く。聞かれるまで、私は大泣きしてたことなんて、どっかに吹っ飛んでた。それくらい、びっくりしてた。

 

「…う、うん」

「なら、良かった」

「う、うん…」

「あ、でも勘違いしないでよ。俺、えっとさ、海野さんのこと…」

珍しく空くんが真っ赤だ。

「だ、大丈夫。ちゃんとわかってるよ。空くん、慰めてくれたんだよね」

「違うっ」

空くんの声が怒鳴り声に近くって、びくってなった。空くんのイメージって、男の子っていうより、王子様で。乱暴な言葉使いとかしないし、大声出したりもあんまりなかったから。

 

空くんの両手が、私の両手をぐっとつかむ。

 

「俺、海野さんのこと…」

好きだから。その5文字はかすれた声になってない声だったけど、ずきんって脳の奥に響く感じで届いた。

「…う、嘘…っ」

信じられなくて、そんな言葉がこぼれたあと、またぽたって涙が落ちた。

「ちょ、どうしてまた泣くの?」

「…だ、だって。う、嬉しくて…」

「女の子って、悲しくても嬉しくても泣くんだね」

あきれたように空くんが言うから、私はつい向きになって言い返す。

「い、いいじゃん。いつ泣いたって。私の勝手だもん」

「やだよ」

空くんはまた憮然として言って、濡れてる私のほっぺをぐいと手のひらで拭った。

「海野さんは、笑ってる方が可愛い」

「……」

え、え、え、どうしよう。そういえば、空くんに好きって言われて、私、まだ何も言ってない。言った方がいいのかな、言ってもいいのかな。

いろんなことがありすぎて、頭の中テンパりまくり。

「…空くん…」

「帰ろうか、海野さん」

「うん…」

 

空くんと手を繋いだまんま帰った。首筋にがんがん午後の日差しが当たる。どっちの汗かわかんないくらい、空くんと私の手はべたべただったけど、「ばいばい」って手を振る時まで、空くんは私の手を離さないでいてくれた。