First Love ③


 

新学期に入って、うさぎ小屋のうさぎが1匹いなくなったことを、みんなが知っても、私と空くんの関係は変わらないままだった。

私は恥ずかしくて、「好き」って言えないままだったし、空くんも、普段は男の子の輪に入ってることが多かったし。

 

あの時のキスは、夏の日差しとくろすけが見せてくれた白昼夢だったのかもしれないなあ、なんて思っちゃうくらい。ただ、飼育委員のお仕事で、ふたりきりの時には、会話が増えたし、笑ってくれることも多くなった。

(付き合う、とか言っても何していいかわかんないし、空くんファンの子も怖いし)

空くんにとって、私はちょっと特別な女の子なのかな。そんな立ち位置で満足だった。独り占めしたい、とかもっと空くんと一緒にいたい、とか。

狂おしく誰かを好きになる気持ちなんて、まだ私は知らなかった…。

 

 

だけど、2学期の終わり頃から、空くんの様子がちょっとずつおかしくなった。急に無口になって、話しかけられても、授業中当てられても、ぼーっとしてることが多い。王子スマイルも、あんまり見られなくなっちゃった。

 

「…空くん、最近元気ないね」

校庭の奥のうさぎ小屋に向かう途中、私は空くんに言ってみた。廊下の突き当りにある通用口から外に出ると、びゅうっと風が吹き付けて、私は肩をすくめる。

小屋の中では残ったきなことゴマ塩も寒そうに身を寄せ合っていた。

 

「海野さん、俺、もううさぎ達の世話出来なくなるかもしれない」

寄ってきたきなこの頭をぐりぐり撫でながら、空くんは寂しそうに言う。

「え? どうして?」

委員会活動は1年だ。まだ3学期もあるじゃん。全然見当違いなことを言う私に、空くんはくすりと笑う。

「そうじゃなくて…まだ、誰にも言ってないんだけど…。俺、転校することになりそうなんだ」

「え?」

 

空くんのいなくなる明日。

そんなの私には考えられなかった。

 

 

 

「どうして?」

「お父さんの仕事の都合」

「何処行くの?」

「横浜」

 

同じ県内の私にもわかる地名を言われてほっとした。地の果て程遠くなるわけじゃない。電車に乗ったら3つか4つ分くらい。でも、そこからこの小学校には通えない。

 

「やだ、行っちゃやだよお。空くん」

「海野さん…」

空くんの方が、絶対悲しくて悔しくて、泣きたい思いのはずなのに、また私の方が先に泣いてた。

空くんはやっぱり困ったように笑ってる。

「ごめんね、海野さん」

空くんが謝ることなんて、何ひとつないのに。

 

私、何やってるんだろ。

 

「…げ、元気でね…」

気の利いた言葉なんか浮かばなくて、それだけ言った。でも、的外れだったみたい。空くんがふふって笑う。

「ありがと、って、まだ行かないよ」

「あ、そ、そうだよね。…いつまで?」

「たぶん、2学期の終業式まではいられると思う。

これね、まだ大友先生しか知らないから、海野さんクラスの他の奴らに言わないでね?」

秘密、と空くんは人差し指を唇において、そう言った。

 

 

(空くんがいなくなっちゃう…)

塞ぎこんだまま、私は通学路をとぼとぼと歩く。飼育当番の日は、いつも下校時間が遅くなるから、ランドセル背負ってる生徒はほとんどいない。みんな習い事に行くか、友達の家に遊びに行く途中って感じ。

足元の石を何となく蹴とばしながら歩いてたら。

「ミュウーっ」

野太い声で呼ばれた。

 

私を伝説のポケモンと同じ名前で呼ぶのは、武田宗太。うちのクラスでいちばんデカい。何故か幼稚園から同じで、クラスもここまでずっと一緒。その言葉を使うのは、ひっじょ~に不本意だけど、幼馴染っていうやつだ。

「何よ、むねた」

ミュウと、奴が呼んでくるときは、私もわざと彼をむねた、と訓読みで呼ぶ。ほんとはソウタが正しいけど、胸板厚いラガーメン体系。むねたのがよっぽどしっくり来る。

むねたは私と逆に、学校へ向かっている。野球のユニフォームを着て、肩にはグラブとバット。これからリトルリーグの練習らしい。

行く方向が違うから、歩きながら話せない。私は蹴ってた石を側溝に転がして、立ち止まった。

 

「うさぎの世話の帰り?」

「そうだよ」

答えると、むねたはうーんと低い声で唸りながら、切り出しにくそうに言う。

「お前さあ、割と王子と仲いいじゃん?」

「…委員会が一緒だからだよ」

「お前は、あいつ好きなの?」

むねたの話は回りくどくて、何が言いたいのかわからない。

「私が空くんどう思ってるか、むねたに関係あるの?」

イラッとしながらむねたに詰め寄ると、むねたは「いや、カンケーっつーとないけど…でも幼馴染として気になる、っつーか…その」と煮え切らないことをひとりで、ぶつぶつ呟いてる。

「練習あるんでしょ? もう、行きなよ。私も帰るから」

埒が明かないから立ち去ろうとすると、むねたはいきなり私のランドセルのバンドを引っ張った。

「待てよ!」

強い力で引っ張られて、私の肩からランドセルが抜けて、むねたが手に持つ格好になってる。

「お前さあ、あいつやめた方がいいぞ」

「誰がよ、なんでよ」

「あいつ、転校するらしいぞ。母ちゃんが言ってた。俺んち自治会やってっから、そういう情報早いんだ」

 

私と空くんだけの「秘密」を、なぜかむねたは知っていた。