First Love④


 

「返して!」

むねたの手から、ランドセルをひったくると、私は駆け出した。「ミュウ!」って私を呼ぶむねたの声がしたけど、振り向かなかった。

 

家に帰るなり、私はベッドに突っ伏して泣いた。やっぱり本当なんだ。

空くんが行っちゃう。もう、会えなくなっちゃう。くろすけみたいに。

 

会えなくなる前に。空くんに言わなきゃ。

 

顔を洗って、髪の毛結び直して、私はもう一度出かける。帰宅を促すチャイムが海辺の街全体に流れるけど、そんなの無視して、自転車を走らせる。空くんの家は、坂のトンネルを超えてすぐ。直接行ったことはないけれど、近くの団地に住んでる友達がいて、黒いシックな壁の家を指して、「あれ、王子の家なんだよ」って聞いたことがあったから。白いタイルの庭に黒い屋根と壁のおうち。脇に鮮やかなブルーの自転車がおいてあった。空くんのかな。

表札には「拝島」って書いてある。うん、間違いない。

ドキドキして、指が震える。なかなか押せないで、いたら。

「誰だ? お前」

後ろから声が掛けられた。

心臓喉から飛び出るほど驚いて、はっと後ろを見たけど誰もいない。でも少し視線を下におろすと、ちっちゃい空くんがいた。

「え?え?」

私より5センチくらい空くんは背が高いのに、今、目の前にいる空くんは私の肩くらいしかない。

私がうろたえてると、そのちっちゃな男の子は、面倒くさそうにちっと舌打ちする。

「また兄貴目当ての女かよ」

多分1年生になるかならないかだと思うんだけど、な、何だ、この空くんにそっくりだけど、小生意気なガキ。

さっきまでのドキドキの代わりに、怒りが私を支配する。

「あーのね、お姉ちゃん、海野眞羽ってちゃんと名前があるんだけど」

「ウミノミウ?」

名乗った途端、彼は突然げらげら笑いだす。

「上から読んでも下から読んでもおんなじだ~。変な名前」

殴り飛ばしたいっっ!!!

でも出来ない。ジレンマに揺れる私の心。

だって、この子きっと…。

 

「大地? 何してんだ?」

外での声を不審に思ったらしい空くんが、中から出てきて、私の姿を見て目をみはった。

 

「…海野さん…」

「にーちゃん知ってる人?」

「ああ、クラスメートだよ。お前は家ん中入ってろ」

「はーい」

お兄ちゃんしてる空くんも素敵だあ。私がぽーっとなってる間に、大地、って呼ばれてた男の子は、しぶしぶって感じで空くんと入れ替わりに家の中に入ってく。

 

「びっくりしちゃった。海野さんがうち来るなんて思わなくて」

「と、突然ごめんね」

「ううん、こっちこそ。弟が失礼なことしなかった?」

「あ、えーと」

あはははと、私は笑ってごまかす。

「しょうがないな、あいつ。帰ったら言っとく」

弟くんの対応には慣れてるのか、空くんは憮然として言ってから、こっちを見た。空くんの柔らかい眼差しが私に向けられると、それだけで固まっちゃう。

「で、今日はどうしたの? 海野さん」

改めて聞かれると、言葉に詰まってしまう。何を言えばいいんだろう。どうやって伝えればいいんだろう。

国語の授業じゃ、告白するのに最適な文章なんて、教わらなかった。

「あ、のね…」

「うん」

「空くんが引っ越しちゃうって聞いて、すごくびっくりして、悲しくって。ほんとは、恥ずかしくて、誰にも言うつもりなかったんだけど、このままお別れなの寂しいから、やっぱり

言うね」

要領を得ない長ったるい私の前置きを、空くんはじっと待ってて聞いてくれてる。空くんはほんとは全部私の気持ちなんて知ってるんじゃないかな。

だって、すごく頭いいんだもん。わかんないはず、ない。

 

でも、自分の言葉で、声で伝えなきゃ、って思って。

「私も、空くんのこと、好きって…言ってなかったな、って…」

お友達に言う「好き」は簡単に声に出るのに、どうして空くんには、すんなり上手にいえないんだろ。

たどたどしい、ちっちゃな声は、後半になるにつれて、ますますちっちゃくなって、しかも尻切れトンボ。

私の声が止まると、空くんと私の間に流れたのは、沈黙だった。

 

あ、あれ? やっぱり迷惑だったかな。

空くんの反応が気になって、ゆっくりと顔をあげる。空くんは口元を手で覆って、耳まで赤くしてた。

こんな空くん見たの初めて。

 

「…空、くん…?」

「俺、片思いかと思ってた…ってか、あんなことしたから、嫌われてるかと…」

「そ、そんなわけ…」

「ありがと、海野さん。すっごく嬉しい」

笑顔全開で空くんが言う。空くんの手が、私の手を握る。私の手は汗でべたべただったけど、空くんの手は指先まで冷たかった。

ど、どうしよ。このあとどうすればいいのかな。

空は、すっかり暗くなってる。でも、まだ空くんといたいな。結んだ手にぎゅっと力を籠める。そしたら空くんが、その手を自分の家の方にぐっと引っ張った。

 

「海野さん。うちのうさぎ、会ってく? めっちゃ可愛いよ」