First Love⑤


 

空くんに誘われるままに、おうちにお邪魔した。空くんのおうちは、お父さんもお母さんもお仕事してるみたい。

「お邪魔しま~す」とそろりと用意されたスリッパに足を入れると、さっきの小生意気な弟くんが物珍し気に私を見てきた。

 

「にーちゃんが女連れてくるの、初めてだな」

「うるさいよ、大地。海野さんは特別なの」

そんな何気ない空くんの言葉にキュンとしながら、2階の空くんの部屋に入った。

(うわ、私の部屋より広いし、綺麗)

 

ブルーを基調にした部屋の隅っこに、ケージがあって、その中に薄い茶色のふわふわの毛のうさぎがいた。

私が中を覗き込むと、うさぎは隅っこの三角のトイレにのっかって、固まってる。

「学校と違って、家族以外が来ることってほとんどないから、人見知りなんだ、こいつ」

空くんはそう言って、ケージの外側から指を入れる。ちょっとビクついてから、でも、飼い主だってわかったのか、その茶色のうさぎちゃんは、空くんの指をぺろぺろ舐め出した。

(か、可愛い…っ)

「毛がふわふわだから、わたがし、っていうんだ」

空くんがちょっと自慢げに言う。確かに体のラインがはっきりしないくらい、長めの毛で覆われてる。

「可愛い」

「でしょ? なんか、海野さんの髪見てると、こいつのしっぽ思い出すんだよね」

「え~っ」

そこは喜ぶとこ? 悲しむとこ?

前にも言ってたけど、うさぎのしっぽみたいなのか、私の髪。

「ふわふわでくしゅくしゅで、触ってみたいな、って…」

空くんの手のひらが私に伸びてくる。ドキドキして逃げたくなったけど、じっと動かないでいたら、空くんがぷって吹き出す。

「そんな身構えないでよ」

「ひ、ひどっ」

くるんと空くんの指先にもてあそばれて、ツインテールの右側が耳の上で踊る。くすぐったくて、私も笑う。

「眞羽も可愛いね」

え、今、眞羽って言った?

好きじゃなかった名前なのに、空くんが呼んでくれると、芸名みたいに素敵に思える。

心に羽が生えて、飛んでいけそうなくらい。嬉しくって恥ずかしくって、どんな顔していいか、わかんないよ。空くん。

 

 

12月の終わり、空くんは引っ越していった。

手紙を書く約束をして、空くんの新しい住所を教えて貰った。

月に1、2度、空くんから手紙が来る。時々うさぎや自分の写真も入ってた。

 

小学校から中学校に上がる春休み。空くんがひとりでこっちに遊びに来てくれた。

「何処行きたい?」って聞かれたから、水族館って答えた。

入口の大きな水槽の前で、写真を撮って、クラゲ見て、イルカのショーは最前列に座ってたら、水掛けられた。

でも、すっごく楽しかった。空くんも私もずっと笑ってた。

そのあと、海岸をぶらぶらしてから、歩道と砂浜の間の階段に座り込んで、話をした。

「中学に入ったら、空くん部活何かやる?」

「まだ考えてないや。でも、体形から言って、陸上かバスケじゃない?って言われる…」

「あーうん、わかるかも!」

無駄な贅肉がなくって、ひょろっと背が高い。

「眞羽は?」

「私はテニスかバレーボールがいいなって」

「眞羽はバレーボールのが似合いそう」

「え、そう?」

「うん」

 

春の夕陽に照らされて、オレンジ色の海の波間がダイヤモンドみたいにキラキラ光る。隣には大人っぽくなった空くんがいて、なんだか無性に哀しくなった。

だって、この人とずっと一緒にいられない。また明日になったら…ううん、あと何時間かしたら、もう別々の空の下だもん。

 

言えば切なくなるだけってわかってて、それでも私は言ってしまってた。思った通り、空くんももどかしそうな顔になる。

「俺も好きだよ…ごめんな、眞羽」

違う。謝って欲しいわけじゃない。気持ちを言葉で縛りたいだけ。

空くんの手が私の肩に回されて、ぎゅって体の右半分を空くんの方に抱き寄せられる。「俺も好き…」

波の音に紛れて、空くんが言ってくれて、それからゆっくり私にキスをしてくれた。

 

日がすっかり沈んでから、無言のまんま駅まで歩いて、誰もいない小さな路面電車の駅で、もう一度キスした。

「また来るから」

空くんはそう言って、私に手を振って、緑色の電車に乗りこむ。ガラス窓のついた扉に、空くんと私は遮られる。それでも、空くんを乗せた電車が見えなくなるまで、手を振った――私が空くんを見たのは、それが最後だった。

 

 

中学に入ると、やりとりしてた手紙の間隔が徐々に長くなっていった。

しょうがないのかな。私もバレー部に入って、毎日練習でくたくたで、空くんのことを考えない日も多くなってた。

少しずつ空くんを思う気持ちが、空くんとの思い出が、薄くなっていく。

 

最後の手紙は中学校2年の時にもらった。

『わたがし』が病気になりました。くろすけのこと、思い出しちゃうね。って書いてあった。返事は書いたと思う。

けど、そのあと、空くんからの手紙はもう、来なかった。

電話は何回かしてみたけれど、いつも留守で、結局私も空くんのことを忘れることにした。

 

行き先を見失って座礁した船みたいに、私の初恋は水底深く沈んでいった――