First Love ①


 

初恋のきっかけなんて単純なもので。

特に小学生なんて、「隣の席になった」とか「消しゴム拾ってくれた」とか、徒競争で走り終わったあと、目が合ってキュンとしちゃった。とか。

他人から見たら、どうでもいい…ううん、5年後の自分が思い出したって、笑っちゃうようなのが多い。

 

そういう私は、名前を――海野眞羽(ウミノミウ)なんてふざけた名前を――可愛いと言って笑ってくれた瞬間にやられた。

「一発で覚えられていいじゃん」

「えー」とほくそ笑みたくなるのを隠すように、ふくれた私に、彼はそう言ってまたにこっと笑った。二度目のにこっは。とどめだった。

 

あっけなく、10歳だった私の胸を貫いてくれたのは、拝島空くん。5年生で初めて、同じクラスになったけど、その存在は際立っていて、他のクラスでも有名だった。別名王子。

何だそりゃ、って思ってたけど、あの笑顔を目の当たりにすると、その理由が頷けてしまう。

よくお日様みたいな笑顔、っていうけど、彼の笑顔は、そんな燦々としたぴかぴかの明るさじゃなくて。

どっちかっていうと、月の光みたいだ。凛と美しくて、だけど何処か人を寄せ付けない冷たさもある。だから、王子。納得。

でも人は、手に入りそうもないものほど、憧れてしまうのだ。

 

恋愛の駆け引きなんて知らない私は、何とかちょっとでも彼に近づきたくて、10倍という競争率を勝ち取って彼と同じ委員会になれた時は、嬉しくて夜も眠れないくらいだった。

 

空くんと私は、飼育委員会だった。どうして、王子ともあろう人が、ウサギの世話をする…なんて、地味かつむさい委員会を選んだのか、謎だったけれど、最初の委員会の時の手際の良さで納得した。

 

みんなが手こずって、なかなか捕まえられない飼育小屋の主みたいな、真っ黒いうさぎを軽く頭を撫でてから、ひょいっと抱き上げてしまう。

「拝島すげ~」

担当の先生ですら、感嘆の声を挙げ、他の委員のみんなから賞賛の視線を浴びて、空くんはまた優雅に微笑んだ。

 

「うさぎは怖がりだから、抱っこ嫌がるけど、お尻をこうやって支えてあげると、おとなしくなるんですよ」

な?と、うさぎの鼻を撫でると、さっきまでふんぞり返ってたうさぎが、うっとりと瞼を半分閉じる。

私もあのうさぎになりたい! 居合わせた女子12名はみんな同じこと、思ってたと、私はここに断言する。

 

学年で1、2を争うくらい、頭がよくって、だけど、スポーツも出来て、女の子と動物には優しい。もうもう完璧過ぎる。

2週間に一度、回ってくるうさぎ小屋の掃除が楽しみでしょうがなかった。

 

小屋の中にはうさぎは三匹。たれ耳のオレンジ色のメスがきなこ、黒と白のぶちで口の周りにひげみたいな模様が入ってるのが、ゴマ塩で。最後にいちばん大きい黒いのがくろすけ。

 

小屋の周りには、柵に覆われた広い砂地のうさぎ専用の広場があるから、一方がそっちでうさぎを見て、もう一方が手早く小屋の中を掃除して、新しい餌をいれてあげる。

 

「こっち、終わるよ~」

ペレットをそれぞれの餌箱に入れてやり、食べてもいいし、寝床にしてもいい草を、小屋一面に敷いてあげてから、空くんに声を掛けた。

 

「ん。じゃあ、そろそろ柵締めて、小屋に返すね」

「お願い」

質の悪いカラスやとんびが、上空からうさぎを狙うといけないから、放課後、飼育委員は、きっちりとうさぎを小屋に閉まって、施錠して帰らなきゃいけない。

たいていの委員の子は、うさぎを追い立てて、小屋にしまうんだけど、空くんは一匹ずつちゃんと抱いて帰してあげる。

 

「空くんて、動物の世話、慣れてるよね」

いつもながらの鮮やかな手並みに私は感心して言う。

「うん。そうだね。うちにも、うさぎがいるから」

「えー、そうなんだ。どんな子?」

「ジャージーウーリーっていうんだけど、毛足がもっと、ふさふさしてて、茶色の子。ちょっと、海野さんに似てるかも」

「え? ええぇぇっ?」

驚いてる私の頭のてっぺんの髪を、空くんは何気なく、ひとふさ摘まむ。

「海野さんの髪って…地毛?」

まじまじと眺めて、空くんは聞いてきた。

私の髪は天パで、しかも色素が薄い。よく「ハーフなの?」って聞かれるけど、純粋培養の日本人。

「地毛だよお」

「そうなんだ」

夕日が、私の髪も、空くんの白い頬も、校舎もオレンジに染める。眩しそうに目を細めて、空くんは「綺麗な色だね」って笑ってくれた。

(空くんが好き)

言葉の代わりに、心臓がどきどきばくばく言って、それを伝えようとしてるみたい。でも、空くんは気づかないで、小屋に鍵を掛けて、職員室に戻ろうとしてしまう。

 

単なるクラスメート。おんなじ委員会。

 

それで、いいと思ってた。それだけで、私の幼い恋は、十分すぎるくらい、幸せだった――。