Keep out3


 

「え~、いつだったかねえ…。あ、でも高校の制服着てたよ。紺のブレザーに青いネクタイ締めて、男っぷりが上がってたねえ。今はもっとイケメンになってるんだろうね」

悪気ないおばちゃんの台詞が、胸に刺さった。だってもう、空くんはかっこよくも悪くもならない。

けど、空くんの『その後』をおばちゃんに言う気にはならなかった。おばちゃんの中では、空くんはまだ生きてる。…私の中でも。

 

「…空くん、こっちに帰ってきたことあったんだ。むねた、知ってた?」

「…知らねえよ」

「何しに来たとか、言ってました?」

「おい、みゅう?」

むねたが私に不審げな視線を向けるのにも構わず、おばちゃんの話に私は食いつく。空くんはなんのために、ここに帰ってきたんだろう。もしかして…。

 

「誰かに会いにとか言ってました?」

推測を言うと、おばちゃんは「ああ!」と声をあげる。

「そうそう、ちょっと懐かしい人に会いにきたんです、って言ってたよ」

やった! ビンゴ!

「懐かしい人…誰かはわからないですよね?」

「そこまでは聞かなかったねえ」

「そうですか」

 

「懐かしい人」は私じゃないのかあ…。ちょっとだけ胸に浮かんだ寂しさを振り払う。

今は、自分のことは置いておいて。空くんの軌跡を確かめたい。

わざわざ会いにくるんだから、空くんにとって重要な人。この時、誰に会いにきたのかわかれば、あのノートの「助けて」に繋がるのかもしれない。

 

とりあえず大地に聞いてみようかな。古いスケジュール帳とかに、待ち合わせの相手とか場所とか残ってないかな。

私は大地に連絡しようと、スマホを取り出す。連絡帳をタップしようとしたら、すっと手の中からスマホが抜き取られた。

スマホの上昇に合わせて、私は目線をあげると、怖い顔して私を見下ろすむねたと目が合った。

 

「みゅう~」

「はい?」

「何やってんの、お前。ちょっと来い」

そう言って、むねたは私の腕をひっつかんで、お店とお店の間の狭い路地に入ってく。

 

「いい加減、拝島のことは忘れろ、って言ったろ? 俺」

「…言われたけど」

私は不満いっぱいに、むねたを見上げて、途中で口をつぐんだ。

言われたけど、それを実行するとは言ってない。そして、むねたに私にそれを強要する権利はない。

 

「空くん、事故で死んだんじゃないかもしれないんだって」

「はあ?」

 

怪訝そうに眉をしかめてから、むねたははっとしたように、私の顔をじっと見つめてきた。

 

「自殺かもしれないんだって。助けて、ってメッセージが残ってたり、不審なとこがいっぱいあるの」

「まさかお前…、今更拝島空の死について、調べようなんて思ってねえよな?」

 

ブランクあっても、むねたとは長い付き合いだ。私がやろうとしてることがむねたには、わかったらしい。

 

「…べ、別に私が何しようが、むねたには関係ないでしょ?」

「お前なあ!」

 

バン!とむねたは私の顔の横に、おっきな手をつく。背中に壁、真ん前にむねた、何、これっていわゆるちょっと前に流行った壁ドン?

キュン、どころか大柄のむねたに行く手を阻まれて、私はびくっと肩を震わせる。

普段は頼もしさと鷹揚さを感じるむねたのデカさだけど、こういう態勢になると、迫力が出てくる。

幼馴染の男の子に、初めて怖さを覚えた。

だけど、怯えた様子を見せるのは嫌で、私を見下ろすむねたの視線を跳ね返すように、強く見返す。

 

無言のにらみ合い。根負けしたのはむねただった。

 

「…あのさ」

 

しばらく私を厳しい顔で見下ろしていたむねただけど、突然脱力して、大きくため息を吐き出してから、私の横についていた手をおろした。

 

「いくらお前が『関係ない』って言っても、俺には大ありなんだよ。心配するな、って言われてもしちまう。そういうオトコの気持ち、わかってる?」

「大地が…空くんの弟が言ってたの。兄ちゃんは自殺したんじゃないか、って。そうなのかもしれないし、違うのかもしれない。何もわからないかもしれない。でも、私も知りたいの。空くんの死の本当のこと」

「拝島空のことなんて忘れちまえよ…って言ったって、無理なんだ」

「うん」

 

むねたは苦笑いしてから、額に手を当てて、短い前髪を掻き上げた。「言い出したら聞かねえよな、お前」とか何とかぶつぶつ言ってから、私の方に再び向き直る。

 

「わかった」

「何が?」

「俺も協力するよ、みゅう」

「え」

 

そりゃ知り合いも多いし、地域のことにも詳しいむねたの手を借りられるのは嬉しい。けど。

 

「…いいの?」

「傍で見てヤキモキするのが嫌なんだよ。その代わり、みゅう」

「何?」

「調べてわかったこととかは、俺にも教えて。あと、危険なことはするなよ」

「りょーかいしました」

 

敬礼までつけると、むねたは腕を組んだまま、私の顔を覗き込んでくる。

 

「ふざけてんのか?」

「いえ」

 

話が意外な方向に転がっていっちゃった。私とむねたと大地。へんな取り合わせで、空くんの死の真相を追い求めていた私たち。

裸眼で深い海の底を覗き込むように、なかなか真実にはたどり着けないのだけれど…。