Keep out5


 

特急の駅を降りた後は、バスで山に向かう。山をぐるりとめぐるように作られた車道をバスはゆるゆると登っていく。ふと視界が開けた場所で下を見たら、ここまでの道が一望出来て、その高低差に言葉を失った。

 

山頂付近で、バスはなくなり、そこから先は歩きしかない。山道を中に入って行く。

「ねえ、なんでこんなところで合宿…」

ぜいぜい荒い息を吐きながら、私は大地に尋ねる。高山病なのかな、空気が薄いから、ちょっと呼吸しただけでも、すごく体力を奪われる。それでも、黙々と登り続けるのは苦痛。くだんないことでも、愚痴でも。しゃべってた方が気が紛れる。

 

「県の合宿所がここだから…だろ? 眞羽、平気かよ、顔色わりぃぞ」

 

振り返って私を見て、大地はぎょっとした顔をしてから、手をのべてきた。

え、私、そんなにやばげなのかな。

「へ、平気だから」

目の前の大地の手を無視して、私は彼を狭い道で、わざと抜かして歩幅を広げ、歩調を早める。

「眞羽って、ホント可愛げねーよなあ」そんな大地の呟きが聞こえてきたけど、無視した。

 

はあはあと息を弾ませながら、登っていくこと20分…やっと頂上にたどり着いた。やばい、私、明日、絶対筋肉痛。

山頂はぐるりと1周徒歩でめぐっても、10分くらいで回れてしまいそうなくらい、狭い台地。歴史ありそうなログハウス風の食堂が1軒建ってる。尾根づたいに、隣の峠にも行けて、そっちに空くんたちの高校の陸上部が利用したという山荘があった。

 

「あそこに2泊3日かな、毎年兄ちゃんたちの部は、夏休みあそこで強化合宿してたんだ。兄ちゃんが亡くなる年までは」

大地の言葉に、すぐに言葉を返せなかった。

部内で起きた悲しい事故…。そりゃ、誰だって思い出したくない。縁起の悪い場所から、遠ざかってしまうのは、当然かもしれない。

 

「大地はここに来たの?」

「ん。兄ちゃん、死んだときに一度だけ。俺、事故現場の正確な場所忘れちゃったから、あそこの管理人さんに聞いてみよう」

「うん」

 

雄大な景色を楽しむゆとりもなく、私たちは、そっちの山荘の方を訪れる。白い壁がくすんだ2階建ての建物には、私たちの住む県の所有する保養所と書かれていた。

ガラスの自動扉を開け、中に入る。すぐ脇に事務所があって、窓越しに中の人と話せるつくりになっている。

 

「すみません」

と私は、ノートに目を落としてた、作業着姿のおじさんに声を掛けた。

「はい。ここは急な宿泊は受け付けていないんですよ。〇〇県のホームページから…」

私と大地を観光客と勘違いしたらしく、的外れなマニュアル通りの説明をしてくる。

「違うんです。宿泊じゃなくて」

訂正する私の横から大地が割り込んだ。

 

「おじさん、久しぶり、覚えてる? 俺のこと」

掛けてた黒縁のメガネを下にずらして、おじさんは大地をまじまじと見る。それから、「ああ!」と大きな声をあげて言った。

 

「あんたあの時の…」

 

 

 

空くんの亡骸が見つかったあと、当然空くんの家族に、学校と警察から連絡が行って、大地は父親と一緒にここに来たらしい。

空くんの亡骸は、司法解剖されたあと、父親と大地と共に、自宅に帰ることになるのだけれど、警察と病院を往復していた父に代わって、ここに残されてた空くんの荷物を片づけたのは、大地の役目だった。

 

「泣きながら、一生懸命、兄さんのボストンバックに着替えとか詰めててね、なんか切なかったよ。けど、『迷惑お掛けしました』なんつって、俺にも挨拶していってくれてね。なんか、すごく印象的だったよ、あんたは」

 

と場所を移した食堂で、管理人の橋本さんというおじさんは、回顧してくれて、その話を大地は居心地悪そうに聞いていた。

 

「いや、俺の話はいいから、おじさん」

「ん? ああ、そうなのか? しかし、立派になったなあ。あの時中学生だったか…?」

「今はもう、大学生だから」

「そっかそっか。もう大学生か」

 

まるで親戚のおじさんのように、大地の成長に橋本さんは目を細めてから、大地の隣に座ってた私に視線を移す。

 

「今日はどうしたんだ? このお嬢さんは…」

「あー、うん」

 

大地はちらっと私を一瞥してから、両手を食堂の白いテーブルの上で組む。

 

「彼女は…兄ちゃんの古い知り合い。俺たち、兄ちゃんの死について調べてて…これから、事故のあった現場行きたいんだけど、よかったら、おじさん案内してくれない?」

 

大地の言葉に橋本さんの目から、笑みが消えた。一度、テーブルに視線を向けてから、今度は私と大地の顔を交互に見る。

 

何か言いたげに、口を開きかけてはきゅっと、唇を引き結んでしまう。そんな仕草を何度かしてから。

 

 

「わかったよ、大地くん」

 

そう言って橋本さんは、重たそうな腰を上げた。