Keep out7


 

 

女の子の方は、「きゃ…」と小さく悲鳴を上げて、その場に座り込んでしまった。そんな彼女に「人を呼んでくるから」と声を掛け、橋本さんはいったん宿舎の方に戻ったのだという。出会う人ごとに「大変だ」と注意を喚起しながら。

山の麓から警察と救急隊が駆けつけ、空くんの亡骸はいったん地元の病院に搬送される。

 

「頭からは血が流れてたし、顔色は土色だったし、みんなもうわかってただろうけどな…」

病院で死亡が確認されて、昨日の空くんの様子などを部員や顧問、宿舎で働く人全員に聞かれたそうだ。

 

川辺の小石にも血の跡があったというけれど、今、この岸を眺めていても、そんなどす黒い色に染まった石はない。当たり前。だって、もう5年も前の話だもん。

大地に聞いた時よりも生々しい、死体発見当時の状況に、胸が押しつぶされそうになる。

 

「ちょっと話すぎたかな…大丈夫かい?」

私の顔色を心配して、橋本さんが聞いてくる。…これくらい、覚悟してたのに。ダメだな、私。

 

「大丈夫です、続けてください…どういう様子だったんですか? 前日の空くん」

「ここから先は、宿舎で話そう、大地くん、海野さん。ここは危険だし、それに…ここはあまり、気持ちの良い場所ではないだろう?」

「……」

 

空くんの最期の場所にいたいのと、苦しいから逃れたいのと、半々の気持ちだった。大地はどっちなんだろう。ずっと渓谷に向けていた視線をすっと大地の方に移す。

「俺は、鈍いから平気だけど、眞羽は辛そうだもんな」

「…私だって、平気だよっ」

「そっかあ?」

「いやでも、ここは本来立ち入ってはいけない場所だから」

 

そう諭され、同じ道を戻って、宿舎の食堂で再び話を聞いた。改めて聞く、空くんの話は、聞いてる方もつらくって、謎の多いことばかりだった。

 

 

「そういえば写真が何枚かあったはずだ」

 

いったん席についてから、橋本さんは再び立ち上がり、アルバムらしきものを持ってくる。

 

いつも泊まりに来てくれた人をカメラに収め、承諾が得られれば、食堂の壁に飾っているらしい。こんなことになってしまったから、空くんたちの写真は、橋本さんのあるアルバムに貼られたまんま、陽の目を見ることはなかったけれど。

 

ついた時の様子や、各部屋のメンバー。食事時の風景など、全部で20枚近くあった。その中に空くんの写真もあったけれど…。

 

「なんか、兄ちゃん元気ない?」

私と同じことを大地も感じたらしい。3枚ほど移ってた写真を、丹念に見ながら、大地は呟いた。

「そうかい?」

「いや、笑顔なんだけど…心から笑ってない」

「うん。私も思った」

 

あとで事故に遭って、これが空くんの最後の写真だという感傷が、私と大地の目を曇らせてるのかもしれないと思ったけれど、次の橋本さんの話で、その感想が錯覚ではないと確信する。

 

 

「ひとり部屋?」

図らずとも、私と大地の声が重なった。大地も知らなかったことらしい。

橋本さんの話によると、あの夜…というか、合宿の間中、空くんはずっと個室だったというのだ。

だから、あの夜の空くんの行動は誰も見ていなかった。何時にどうしてここを抜けて、あそこにいたのかもわからないと。

 

「行動が謎のままだったってのは知ってたけど…個室だったのは兄ちゃんだけ?」

興奮した大地が立ち上がって、橋本さんに聞く。

「あと顧問の先生と…ほかはみんなふたりから3人の相部屋だったはずだけど」

「…どうして」

 

大地の疑問に、橋本さんは言いにくそうに口ごもりながら、答える。これは飽くまで、僕が個人的に感じたことだけど、と前置きしてから。

 

「…何となくだけど、拝島くんは、周囲から浮き上がってた感じがあったんだよね。部長って立場だったからかもしれないけれど、部員たちの輪からは、一歩引いた場所から眺めてた。食事もひとりだったし…」

 

『兄ちゃんは自殺したのかもしれない』

 

大地の推測が、少しだけ輪郭を表した…のだろうか。彼がいなくなってから知らされる、空くんの孤独に私も大地も言いようのない気持ちに捉われる。

 

「あんた、それ、ケーサツとかに言った?」

 

敬語も忘れて、大地は橋本さんに激しく詰め寄った。

 

 

「部屋の配置図や、誰がどの部屋を使っていたか、それに拝島くん自身の印象についても聞かれたよ。けれど、浮いてたように思うのは、私の主観だし、直接何かされたりしてるのを見たわけじゃない」

 

憶測でそれ以上のことは言えないとばかりに、橋本さんは口をつぐんだ。

 

 

「大地、この子知ってる?」

 

3枚の写真の中で、私はいちばん気になったのを指さす。空くんとジャージ姿の女の子。それともうひとり、男の子が映ってる。真ん中の女の子がダブルピースをしていて、両脇の男ふたりが彼女の肩に手を置いてる。典型的ドリカム状態。何これうらやま…じゃなくて。

 

その写真の空くんの表情が、いちばんくつろいでいるように見えた。

 

「この子…」

「大地、知ってるの?」

私が聞くと、大地はいったん私から目を逸らす。

「誰よ」

「…近藤風花さん。兄貴の彼女、だった人だよ」

 

…聞かなきゃ、良かった。