Nostalgia①


 

 

二日酔いで頭痛い。ずきずきするこめかみを抑えて、私は駅の構内の自販機から栄養ドリンクを買い、その場でタブを開ける。

苦みのある液体が、すーっと喉を通り抜けると、気休めかもしれないけれど、少しすっきりした。

 

(あー、昨日あんなに飲まなきゃよかった)

目の下、クマとかできてないよね? 鏡を覗き込んだら。

「あー、ひどい顔」

後ろから思い切り溜息をつかれた。

「理彩」

振り返ると立ってたのは、同期の向井理彩だった。

 

東西に長く伸びる通路を理彩と並んで歩きながら、会社に向かう。

 

横浜の駅にほど近いビルの中にオフィスを構える食品卸会社。大学を卒業後、私はそこに就職した。営業課にいるけれど、実際は契約なんて取ったことなくて、先輩の人たちの事務処理をこなすだけで精いっぱいの日々。

 

理彩は受付だ。派手な顔立ち、高身長ナイスボディ。でもなぜか、彼氏がいない。

 

昨日は、理彩が幹事の合コンに出たばっかりに、今朝はひどいことになってる。

 

「おはよ」

けだるくあいさつすると、理彩は苦笑いする。彼女も昨日、散々飲んでた記憶があるけど、今朝はいつもと変わらず、メイクも服装も一分の隙もない。うーん、さすがだ。

 

「で、どうだった、眞羽。昨日の人は」

ロッカーで制服に着替えながら、理彩は昨日の経緯について、興味津々に聞いてくる。

「……」

かすみつつある記憶を、私は無理やり引っ張り出そうとする。でも、よく覚えてないってことは、大したことはなかった、ってことなんだよ。

 

昨日、同じビルの別の会社の男の人たちとの合コンで、隣に座ったは喜多見さんは、割とすっきりした顔立ちで話しやすくて、好印象だった。向こうも私を憎からず思ってくれたみたいで、連絡先は交換した。

合コンがお開きになったあと、「ふたりでもうちょっと話さない?」と理彩と男子側の幹事が精算してる隙に誘われたのまではよかったんだけど…。

 

「ごめんなさい、うちでうさぎがお腹空かしてるから帰らないと」

そう言って断ると、向こうはすごくすご~くがっかりした顔をした。

一応家に帰ってから、お礼とお詫びのメールはしたけど、そっけない返事が来ただけで、次につながるような何かは、期待できなかった。

 

 

そして今、その経緯を話すと理彩も、綺麗な眉を寄せて、あきれ返った顔をしてる。

「眞羽、あんたね…、もったいな~~~い。明らかにあんた狙いだったのに、あの人」

「…悪くない感じだったよね」

「それをうさぎ理由に断ったりして。うさぎと男とどっち大事なの」

「…くうちゃん」

 

会って間もない人より、5年も一緒にいるペット優先なのは当然でしょ。悪びれずに答えると、理彩はざーとらしいまでに大きなため息をついた。

 

「もう、あんたは…そんなんだから、いつまで経っても彼氏出来ないんだよ。何だっけ、初恋の…」

「空くん?」

「そう、それ! いい加減脱却したら?」

「脱却はしてるよお」

私が言うと、理彩はそう?と首を傾げる。

 

「そもそも私があんたの初恋の相手を詳しく知ってる時点で、「脱却してない」から。普通、初恋の相手の話なんて、そうそう話題に出るもんじゃないのに。それに、あんたがうさぎ飼ってるのだって、その空くんの影響なんでしょ」

面と向かって言われると、確かにそうかもしれない。

 

うさぎって可愛い。

飼育委員やってそう思った私は、卒業してから、お父さんとお母さんにことあるごとにうさぎ飼って、って言い続けてきた。

 

念願が叶ったのは大学に入ってから。ネットで見つけた里親募集のサイトで、実験動物として飼われてたうさぎを譲ります、とブログを通じて告知されてる方がいた。

まだ2歳になる前のうさぎで、写真はすごくかわいくて、ひとめぼれ。さっそく連絡を取ってみた。その方は、基本的には里親さんはうさぎを飼ったことのある人に限定してるみたいだったけれど、飼育委員をやってた時の知識と経験、何より私の熱意(というかしつこさ)にほだされて、結局譲ってもらうことになった。

そんな経緯で、我が家に来たのが、ダッチのくうちゃん。白と黒のコントラストが凄く特徴的で、パンダうさぎなんて言われてるうさぎだ。

 

くうちゃんがおうちに来たとき、空くんにこの子見せたいな…と思ったのは嘘じゃない。

 

普段からずっと思ってるわけではないけれど、23歳になった今も、時々空くんの面影は、ぐぐっと私の中で大きくなる。沈んだのに、潮流で浮かび上がってくる難破船みたいに。

 

「理彩の言う通り、かなあ」

忘れたと言いつつ忘れていない。いまだに空くんは私の中で、大きすぎる存在だ。現に、あれから一度も、空くん以上に好きになれた人はいない。

 

「過去は忘れてさあ。今度の週末、東さんとバーベキュー行くんだけど、眞羽も来ない? 昨日の喜多見さんも誘ってあげるから」

「え」

 

東さんは昨日、理彩となかよく幹事やってた人だ。いつの間に。

友人の手回しの良さに、私は絶句。

バーベキュー楽しそう…。

 

「あ、でも」

「何よ」

「週末、同窓会があるから、気持ちだけありがたく受け取っておく」

「同窓会? 初恋の王子さまはくるの?」

「来ないよ。中学の時の同窓会だもん」

「なーんだ。けど、運命の再会とかあるかもよ?」

「ないない」

 

中学の時のクラスメートって誰がいたっけ。むねたくらいしか覚えてないや。そのむねたも、高校は遠くの学校行っちゃったから、疎遠になっちゃった。

 

私は笑いながら、会社のビルに入り、セキュリティゲートに社員証をかざす。今日もこれから仕事。忙しいし、まだまだ使い走りだし。

 

でも、空くんもきっとどこかで頑張ってる――そう思って、空を見上げるだけで、元気になれる――初恋の影を思いっきり引きずりながら、それでも私は前を向いて頑張ってた。

 

 

空くんのことを知るまでは。