Nostalgia③


 

 

「…て、適当なこと、言わないでよねっ!」

私はむねたの胸倉つかんで、彼をなじる。でも、その声は震えてて、頭の中はむねたの言葉が何度も何度もリピートされてる。

 

「眞羽、落ち着きなよ」

後ろから小枝ちゃんが私の肩を抑える。

「だって、小枝ちゃん。言っていい嘘と悪い嘘が」

冗談にしたってひどすぎる。

けど、小枝ちゃんも困ったように、私の肩から手を放した。

 

「…眞羽、ほんとに知らないの?」

「…何」

「空くん、亡くなったんだよ。5年前に事故で」

 

もう、とっくに終わった恋だってわかってる。

でも、空くんは今も私にとって大切な人で。

もう、二度と会うことが出来なくても、空くんのことを思うだけで、きゅんって胸が苦しくなる。

 

 

そんな空くんが、もう、この世の何処にもいないってこと…?

 

目の前が真っ暗になる、ってこういうことなんだ、って思った。

 

 

 

 

私はマジでぶっ倒れたらしい。

 

次に目を覚ました時に目に入ってきたのは、真っ白い天井で、次に小枝ちゃんとむねたの心配したような顔だった。

 

「え、え、えっと」

 

何が、どうなってるんだっけ。混乱しながらも、体起こそうとすると、小枝ちゃんがその動きを止めた。

 

「急に動かなくていいよ、眞羽」

「ご、ごめん、ここ何処…?」

「さっきのレストランの休憩室」

「あ…」

 

確かに私が横になってるのは、ソファだし、かかってるのは、見覚えのあるブルーグレーの背広だった。これ、むねたのじゃん。

 

「救急車呼ぼうとも思ったんだけど、武田くんがもうちょっと様子見てからでもいいんじゃないかって…」

「そ。そんなおおごとにしないで」

むねたの判断に感謝。同窓会で、せっかくみんな集まってるのに、救急車とかいやすぎる。

「…平気?」

「うん。びっくりして…でも、まさかぶっ倒れるなんて思わなかったよ。ごめんね、迷惑かけて」

 

ちらっと腕時計を見ると、既に会が始まってる時間だ。みんな乾杯済ませたのかな。

 

「いや、俺も悪かった。当然、みゅうも知ってっと思ったから」

「ちょっとだけ、ニュースにもなったしね」

…そうなんだ、知らなかった。

「これ、さっきスマホで検索したら、ちょっとだけ引っかかった。王子の事故のニュース」

「武田くん、やめなよ」

私にスマホを差し出すむねた。それを咎める小枝ちゃん。

空くんが、いなくなったことはショックだし、受け止めるには、まだまだきっと時間がかかる。けれど、彼に何があったのか、知りたい。

 

「…見せて、むねた」

私は、むねたからスマホを受け取った。

 

 

画面に出ていたのは、2011年8月のニュース。部活動の合宿で、長野県○○村に来ていた男子高校生拝島空さん(17)が、立ち入り禁止区域の崖から転落、死亡したというもの。

「……」

 

簡単すぎて、経緯も何もわからない。多分、それを書いた記者の方にとっては、取るに足らない、よくある不幸な事故――

 

こんなにちっちゃく、ひっそりと、空くんは私の前からどころか、この世界からいなくなってしまっていた。

 

 

「…ありがと、むねた」

短い記事を3回くらい読んでから、私はスマホをむねたに返した。

「ああ」

むねたの方が、辛そうな顔で、私からスマホを受け取った。

丸暗記してしまえるくらい短い記事は、現実味がなくて、涙は出てこなかった。でも、ずしんと心の奥底に鉛でも落とされたみたいに、重たい気持ちになった。

 

「…同窓会始まってるよね?」

私が聞くと、ふたりは頷く。

「じゃあ、そっち出て。私は、ちょっと体調崩したから、帰るって、幹事の子に言っておいて。ごめんね。むねた、これもありがと」

そう言って、むねたの上着を返して、私は立ち上がる。

「眞羽。私も帰るよ」

「え、いいよお。小枝ちゃんは楽しんできて。せっかく来たんだし、会費も払ったんだし」

「でも眞羽は…」

「私はひとりで平気だから」

心配してくれるふたりを追い立てるように、部屋の外に出してしまう。

 

何かしてないと気持ちが崩れていきそうで、立ち上がって、メイクを直す。

気分が悪くなったから、先に帰ると、幹事の男の子にそっと言い置いて、私は会場をひとり出る。午後の日差しが、眩しくて、またくらくらした。二、三度瞬きしてから、空を見上げた。

 

頭上に広がる景色と同じ名前の人はもう、いない。

もう、何年も会ってない。これからだって、再会出来た可能性も低いけれど。

でも、いつか、何処かで。そんな微かなささやかな願いも、もう叶わない夢なんだ…。

 

「女の子って、嬉しくても悲しくても泣くんだね」

いつだったか、空くんはそう言ったけど。

本当に悲しい時は、涙って出ないみたい…。

駅に向かって歩きだそうとした時だった。

「ミュウ」

追いかけてきたのは、むねただった。

 

「…何だよ、ひとりで帰っちまうのかよ」

むねたは不満げに言う。文句言われるとこじゃないと思うんだけど。

「…同窓会楽しめる気分じゃなくなっちゃったし」

「だよな」

軽く相槌を打ってから、むねたは私に合わせるように歩き出す。

「? あんたは、会場戻りなよ」

「いや。送るよ。もとはと言えば俺のせいだし」

ひとりになりたい。そんな私の意思を、慮るつもりは全くないらしい。けど、私が無言のせいか、むねたもそれきり口を開かなかった。

 

車がびゅんびゅん通り過ぎてく国道の横の道を、会話もなく歩く私達。右側に海が見えて、嫌でも、空くんと最後にデートした時のこと、思い出してた。

 

 

「眞羽が好きだよ」ってそう言ってくれたのに、いつから、空くんの中で、私はいなくなっちゃったのかな。泣きたいわけじゃないのに、自然に涙が滲む。

 

 

「みゅう」

泣いてる私に気づいたのか、むねたが私の名前を呼ぶ。

「忘れちゃえよ、あんな奴」

 

むねたの言葉は、今の私には残酷すぎるくらい残酷なものだった。