未来不測#4


 

吉井さんは、もちろん担当の人と話してたんだけど、その商談が終わったら、レジをやってた私のとこにつかつか歩いてきた。

 

「橘さん、お昼何時から?」

「私、もうお昼済ませちゃったんですけど…」

ぼそっとお断りすると、「そうなの? まだ1時過ぎじゃん」と腕時計を見て文句を言われた。

ホントは遅番だったから、ランチはまだだったけど、きょうちゃんに申し訳ないから。

なのに。

「え、橘さん、お昼まだ行ってないじゃん」

パートの田上さんが、本当のことを教えちゃう…余計なことを。

「嘘つき」

さくっと吉井さんが私だけに聞こえる様に言う。う、だって。

 

結局吉井さんとランチ行くことになってしまった。

 

「おすすめ教えてよ」

そう言われたから、時々ひとりで行くお蕎麦やさんに案内した。

私は天ぷらそば、吉井さんはざるそばとかつ丼のセットを頼んだ。細いけど、結構食べるんだ。

 

「そうそう、橘さんが教えてくれた彼氏くんの話、読んでみたよ」

注文を待ってる間に吉井さんが言う。

「え」

早っ。あれから、まだ5日くらいなのに。

「…ど、どうでした?」

「俺、基本、実用書ばっかりで小説はあんまり…特にラノベ風のは読まないんだけど」

「そーですか」

すみませんね、ジャンル違い手出させて。

「だから、王道もテンプレもわかんないんだけどさ。けど、面白かったよ。どれだっけかな」

言いながら、吉井さんはタブレットを出してきて、お蕎麦やさんのテーブルに置く。開かれたのは、きょうちゃんの小説一覧が載ってるページ。その中でいちばん上の作品を、吉井さんは指さした。

「これかな。いちばん閲覧数が多くて、評価も高かったから」

「あ、それこないだ落ちたやつ」

「そうなんだ。普通に面白かったよ。俺が最後まで読めたくらいだから」

「ありがとうございます」

「一応、このサイトのURL友人にも送ってみたんだ」

「え」

そういえば先輩がいるとか言ってたっけ。けど、まさかほんとに紹介してくれるとは思ってなくて、私は驚いて吉井さんの顔をまじまじと見た。

逆に吉井さんの方が、ふっと笑って、私から視線を少し逸らす。その表情で、次に言われる言葉も何となく想像はついた。

 

「俺が言ったんじゃないし、俺の感想じゃないからね。これを彼氏くんに、伝える伝えないは橘さんの自由だし」

らしくない前置きをして、吉井さんは言う。

「…あんまり褒めてはもらえなかったんですね」

「や。褒めてたよ。普通に巧い――って。ただ、これくらい書ける奴は、掃いて捨てる程いるから。うちでは出せない、だって。

下手でも、『普通』じゃない方が、本にしたいなら、いいのかもしれない。文章力もある、世界観もしっかりしてる――ただ、書籍化して、人に金を出させには、何か足りないのかな」

「コンテスト落ちたってことは、そういうことですよね」

それはわかってる。私もきょうちゃんも。

けど、何が足りないのかわからない。だから、苦しんでるんだよね。

 

 

「どうするの?」

「え?」

「一応プロの編集の評価貰って。これ、伝える? 彼氏くんに。小説家諦めてもらって、就職した方が君と彼のためなんじゃないの?」

相変わらず、吉井さんは言いにくいこと、ずけずけと言ってくる。

「…伝える伝えないは、私の自由だ、って言ったじゃないですか」

…何がふたりのためかなんて、わかんない。けど、小説書いてなくて、悩んでる人に、今、そんなことは言えっこない。

「私は…私が、きょうちゃんのいちばんの味方で、いちばんの読者でいたいんです」

プロとかアマとか、商品になるとかならないとか、そんなこと知らないよ。

ただ、私はきょうちゃんのお話が好きだから、ずっと読んでいたいから。

その媒体はどんなものだってかまわないのに。

 

 

「…そう」とだけ吉井さんは相槌を打った。

「お手数をお掛けしてすみません、ありがとうございます」

結果はどうであれ。吉井さんがきょうちゃんのために時間を割いてくれたのは事実だから。

座ったままだけど、私は深く頭を下げる。

そもそも吉井さんはどういうつもりなんだろ。私にプロポーズしてきたり、そうかと思うと、きょうちゃんの小説読んでくれたり、吉井さんの行動のが謎過ぎる。

ちょうど、お蕎麦とかつ丼が来て、吉井さんはすぐにそれを食べ始める。

「…食べないの?」

「私、猫舌なんです」

 

 

私の分の天ぷらそばまで吉井さんは奢ってくれた。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。また、そのうち来るよ」

「……」

「来なくていい、って顔してる」

「というより疑問なだけです」

「何で私に…って?」

「はい」

「橘さん、すぐに顔出るもんね」

すみませんね。

 

昼休み終了まであと7分、早足に店舗のあるビルに戻ろうとした私に、吉井さんはなぜかついてくる。

「…何ですか?」

「いや、一応そこまで見送ろうかと」

「別にいいですよ」

 

曲がり角を曲がって信号を渡れば、もうそこだ。ちょっと気が急いてて、前方不注意だった私は、向こう側から曲がってきた人とまともにぶつかってしまった。

「…っつ~」

「いたっ」

ほぼ同時に声を上げ、私はぶつかった鼻先を抑える。顔面強打した私の方が、顔を上げるのが遅かった。

 

「…とーこちゃん…?」

懐かしい声が、私の耳に飛び込んでくる。それと同時に。

「橘さん、大丈夫?」

後ろから私を追っかけてきた、吉井さんの間の悪い声も。

 

 

会いたい彼女が角から出てくることを期待する…、そんな歌があったっけ。でも、私、そんなこと全く願ってなかったのに。

何、このサプライズ…。

 

「きょうちゃん…」