未来不測#5


 

 

まさしく鉢合わせ。

 

どうしてよりによって、こんな時にこんな場所で、いちばん遭遇したくなかった人に会っちゃうんだろう。

 

でも、馴染みの取引先相手だし、一緒にランチしただけだし。私はズルい言い逃れを、必死に頭の中で組み立てる。

 

「…とーこちゃんこそ、その人は…?」

「あ、え、えーっと…」

 

パニック起こした私に代わって、答えたのは吉井さんだった。

 

「吉井誉と言います。橘さんの店に営業で回らせてもらってる出版社の者です。今日はせっかくなので、橘さんとお昼ご一緒させていただきました」

吉井さんは友好的にきょうちゃんに語る。流石、営業の人は頭の回転早いし、嘘もお上手だ。

「どうも…」

差し出された名刺をきょうちゃんはためらいがちに受け取ってから。

「あ、僕は…」

「お気遣いなく。橘さんからいろいろうかがってますから」

名刺なんて持ってないきょうちゃん。それを吉井さんに気遣われて、きっと自尊心が傷ついたんだと思う。露骨にがっかりした顔になった。

「すみません、じゃ、僕は…」

とぼとぼと私たちの横をすり抜けて行こうとする。

 

「小説、うまく行ってますか?」

去りかけたきょうちゃんに、吉井さんが声を掛ける。

「ああ…、ホントに『いろいろ』聞いてるんですね」

きょうちゃんは面はゆそうに、後頭部に手を当てて、髪をいじくる。

「ええ、曲がりなりにも、結婚申し込んでる身ですから」

 

吉井さんがさらっと言った台詞に、きょうちゃんは足元に落としてた視線を急上昇させて、吉井さんを見つめる。

 

「え」

「ちが…っ」

 

否定しようとしても、もう遅かった。きょうちゃんはゆっくりと視線を吉井さんから、私の方に移す。大きく目を見開いて、きょうちゃんはまるで知らない女でも見るみたいな、冷たい瞳で私を見る。

 

「…そうなの?」

不信気にきょうちゃんは、吉井さんの言った話を、私に確かめる。

「…あれは、酔った勢いで、吉井さんが勝手に」

「心外だな、橘さん。俺は、飲んでなかったよ。一滴もね」

「嘘」

「本当だよ」

 

思い返そうとしてみても、泥酔していた私に、その日の記憶は甚だ不鮮明だ。

けれど、初対面に近い人の前で、したたかに酔っぱらって、隙を作ったのは、私。

 

「違うの、きょうちゃん」

昼下がりの往来で、きょうちゃんの手を必死につかんだ。何が違う、って言うんだろう。自分で自分の言葉の説得力のなさにあきれる。

ふと見ると、きょうちゃんは、うちの書店の袋を抱えてた。

きょうちゃんはきょうちゃんで、私に会いに来てくれたんだ。本を買うついでに。

 

「とーこちゃん…」

そして、きょうちゃんはそんな私の手を、静かに、だけど強い力で引きはがした。

 

「もう、お仕事戻らなきゃ、でしょ?」

小さい子どもに諭すように、きょうちゃんは言う。

時間は刻々と迫ってる。もう、戻らなきゃ。けど、こんな状況で、きょうちゃんを置いて、お店になんて戻れない。

 

「きょうちゃん、私の話聞いて」

「あとで聞くよ」

「きょうちゃんっ」

すっと人波に消えて行ってしまいそうな背中を、必死に呼び止めた。一瞬きょうちゃんの足が止まる。けど、振り向いてはくれない。

 

「今日、きょうちゃんち行くからっ!」

応答がない背中に、私は呼びかける。また私たちから遠ざかってたきょうちゃんは、右手だけを軽くあげて、私に応える。振り向いてもくれない。声さえ発してくれない。

 

 

…きょうちゃんを傷つけた。そう、思った。

 

 

「なんで、あんなこと言ったんですか」

私はじろっと隣の吉井さんを睨み付けた。完全に八つ当たりなのはわかってる。でも、事実だとしても、言わなきゃいけない言葉だったとは思えない。

けど、吉井さんは表情ひとつ変えずに、私の逆切れの質問に答える。

 

「フェアじゃないと思ったから。俺は彼のことを、散々知ってるのに、向こうは全く知らないみたいだったし」

「あえて教える必要もないから、黙ってたんです。プロポーズだって、受けるつもりありませんから」

「ねえ、橘さん」

「何ですかっ」

 

足早に自分の店への道を急ぐ私。吉井さんのことだって、振り切りたいのに、吉井さんは、余裕の足取りで、私についてくる。私は、走らないぎりぎりのスピードと歩幅なのに。

 

「彼はどうすると思う?」

「へ?」

「ほかの男が彼女にプロポーズしてる。普通の男なら、焦るよね」

「そう、ですか?」

「たとえ飽きたおもちゃでも、他の奴には渡したくないのが、男ってものだから」

「そうなんですか」

飽きたおもちゃで、悪かったですね。ひどい譬えに、二回目の相槌は完全に、嫌味な口調になっていた。

 

「――君のために変わろうと、するのかな」

 

きょうちゃんが、変わる? 私の、ために?

そんなこと望んでるわけじゃない。

でも。現状のままじゃ、『結婚』なんてゴールには、きっとたどり着かない。

矛盾だらけの私。