未来不測#1


 

 

吉井さんとはホテルからいちばん近い地下鉄の駅で別れた。

プロポーズ云々も含めて、一夜の過ちなんだと思っておこう。

連絡先も交換してないし、きょうちゃんを裏切ったことにはならない…よね?

そう自分に言い聞かせないと、罪悪感でいっぱいだった。

地下鉄の電光掲示板を見ると、今は午前10時過ぎ。きょうちゃん、今日休みだったっけ?

 

スマホを取り出すと、LINEのメッセージがめちゃくちゃ溜まってた。

昨日の主役の栞や途中まで一緒だったあこちゃんからも来てるけど、赤字で書かれた未読の大半はきょうちゃんから。

 

――とーこちゃん、結婚式どうだった?

――二次会、行ってるのかな?

――とーこちゃん、気をつけて帰ってきてね。まだ、終電あるのかな、おやすみ

 

 

…ううっ、きょうちゃん、ごめん。泣けるくらい、申し訳なさでいっぱいになる。

この送られてきたメッセージの時間を見ると、きょうちゃんは昨日、仕事だったっぽい。まだ、寝てるかな…。ちょっと危ぶみながら、私はきょうちゃんに電話を掛ける。

 

5回コールして出なかったら切ろうと思ってたのに、ワンコールできょうちゃんはすぐに出てくれた。

 

「とーこちゃん? おはよっ、じゃなくてお帰り…?」

焦ったきょうちゃんの声が、心に沁みる。きっといっぱい心配させて、いっぱいやきもきさせちゃったんだろうな。

 

「お、おはよ。きょうちゃん、起きてたんだね」

いつも朝方帰ってくるから、この時間は寝てるかと思ってたのに。

 

「あー、うん、とーこちゃんが心配だったのと、あと…」

「あと、何?」

「とーこちゃんに見せたいものがあって。とーこちゃん、今からうちに来れる?」

「うんっ」と即答しかけて我に返った。昨日のままのパーティードレス、手には結婚式を挙げたホテルの名前入り紙袋。こ、こんないかにも朝帰りな格好で行けるわけない。

今からダッシュで家に帰って、シャワー浴びて、支度して…に、どれくらい時間がかかるか脳内で計算する。

「え、ええっと、午後になってもよければ」

「待ってるね」

 

通話を切って、電車に乗ってから、きょうちゃんの言ってたことに思いを馳せる。

きょうちゃんの見せたいものって何だろう。

 

サプライズのプロポーズ…とか? 夢見がちなことを思って、すぐにその妄想を打ち消した。ないないないない。

ってか、私、どんだけ結婚したいんだよ…。

 

 

シャワー浴びて着替えると、別人みたいになった。メイクもナチュラル、服装もボーダーのTシャツに流行りのビッグシルエットのパンツ。うん。昨日の私は、どうかしてた、ってことで。

これがいつもの橘瞳子。

 

コンビニで軽くつまめるものを調達してから、きょうちゃんの家に向かった。

「こ、こんちは」

昨夜のことは忘れて、自然にふるまおうと思うのに、逆にぎくしゃくしちゃう。私ってつくづく嘘がつけない。

「こんにちは」

けど、私を迎えるきょうちゃんの笑顔には、一点の曇りもない。ああ、こんないい人を私は…。

昨夜のことは、もう墓場まで持ってく。絶対誰にも言わない。

新たにそう決意して、私はきょうちゃんの家にお邪魔した。

 

木の家の香りに、あちこちに積み上げられた本。適当に散らかったきょうちゃんの家。でも自分の家に帰ってきたみたいな心地よさを覚えながら、畳の上に座る。

きょうちゃんの家のお座敷は、掘りごたつがあって、夏でも畳が取り払われて、足が伸ばせるようになってる。この中で、私が足をぶらんぶらんさせてる時は、落ち着かない時だって、きょうちゃんに指摘されたことがある。

だから、今日は気を付けないと。私はしっかりと堀ごたつの底に足をつけた。

 

「昨日の結婚式、どうだった?」

私に冷たいお茶を入れてくれながら、きょうちゃんが聞いてくる。

 

(来た~~~~~)

どっくんどっくん。後ろめたさに鼓動が早まる。静まれ、静まれ。何度も念じてから、軽く息を吐いて、意識して高めの声を出す。

「うん、良かったよ。豪華だけど、アットホームで。栞めちゃくちゃ綺麗だった。写真、あるよ? 見る?」

「うん、見たい」

きょうちゃんにデジカメを渡して、私は冷たいお茶を喉に流し込む。

「ホントだ、野村綺麗だね」

同じ専攻だったから、きょうちゃんも栞のことは知ってる。かつての同級生の人生最良の姿に、きょうちゃんも感嘆の溜息をこぼした。

「けど、きっととーこちゃんはもっと綺麗だと思う」

「え」

いつの間にかきょうちゃんは、デジカメのモニターでなく、私を見てた。

ごめんね。きょうちゃんの唇が、そう、動いたような気がした。

「きょう…ちゃ…」

でも、その真偽をただすことも、言葉の意味を問うことも出来なかった。きょうちゃんにキスされたから。

 

押し当てられた唇。「ん…っ」と漏れた声の隙間を縫うように、きょうちゃんの舌が滑り込んでくる。お茶で冷えた口内に、きょうちゃんの舌は熱く感じた。

好き。きょうちゃんのキスを受け止めながら、強く思う。きょうちゃんが、好き。きょうちゃんしか、好きじゃない。

きょうちゃんの背中に腕を回して、Tシャツをぎゅっとつかんだ。

 

「とーこちゃん」

熱っぽい声で、私を呼んで、きょうちゃんは再び私の唇を塞ぐ。今度はもっと、強く、もっと、激しく。

私の後頭部に手を回して、きょうちゃんは体重を掛けてくる。私の背中はゆっくり畳に倒れ込んでいった。

「きょ、きょうちゃん」

私は、掘りごたつの中で、足をばたばたさせる。

まだ、明るいし、窓、開いてるし。そういう行為に及ぶには早いと思うんですけど~~~~。

「あ、そうだ」

私を散々焦らせておいて、きょうちゃんはふと思い出したように言う。

「何?」

きょうちゃんが上からどいてくれたから、私もすかさず身を起こす。

 

「とーこちゃんに見て貰いたいものがあるって言ったでしょ?」

「あ、うん」

「実はこれなんだ」

そう言って、きょうちゃんはスマホの画面を見せてきた。

 

きょうちゃんが開いたのは、メールの受信画面。

 

書籍化検討

 

黒い太文字が、私の目に飛び込んできた。