未来不測#3

 

帰り、またきょうちゃんの家に寄ってみた。

連絡してから行ってみたけど、ブザー押してもきょうちゃんの反応はない。

鍵も開いてるから、勝手知ったる…で、きょうちゃんちに上がる。きょうちゃんは2階の書斎で、かちゃかちゃキィを叩いてる。乗ってる時は、叩く音が規則的で間断ないからすぐわかる。

邪魔したくなくて、音が止まるのをじっと待ってたら、ちょっとしてきょうちゃんが振り返った。

 

「とーこちゃん」

笑顔で私を迎えてくれるきょうちゃんに、私は残酷なことを伝える。

 

自分の休憩の時に、吉井さんから聞いた話と自分で調べたことを、きょうちゃんに伝える。

あんまり評判の良くない出版社だってこと。出てる本は、ラノベやファンタジーのカテゴリでなく、実用書や自伝が多いこと。多分、一般の本屋に並ぶのではなく、自分で知り合いに配ったり、記念出版的な意味合いが強いこと。

 

話してるうちに、きょうちゃんの表情がどんどん硬くなっていって、私の口ぶりも重くなる。

 

「で、でもさ。今回はアレだったけど、見てくれてる出版の人もいる、ってことで…」

なんとか、明るい方向に話を持っていって、締めようとしたのに。

「いーよ、とーこちゃん」

泣きそうな笑顔のきょうちゃんに、窘められてしまった。

「ありがと、教えてくれて」

頭ぽんぽんて、きょうちゃんが撫でてくれる。

 

絶対悔しくって、悲しいのは、きょうちゃんの方のはずなのに。

私が慰められて、どーすんだ、って思うのに。

こぼれそうになる嗚咽を必死にこらえながら、私は首を横にぶんぶん振るしか出来なかった。

 

きょうちゃんの家の畳の上に、ふたりしてじっと正座してて。

古い壁掛け時計が、ぼーんと鳴って、時が過ぎたのを知らせる。

その音にかぶせる様に、きょうちゃんが静かに言った。

 

「とーこちゃん。俺、しばらく小説書くのやめてみようかな…」

いつもの柔らかいきょうちゃんの声。でも、きょうちゃんがどういうつもりで言っているのか、私にはさっぱりわからなかった。

 

「どう、して…?」

「とーこちゃんは、小説書かない俺は嫌?」

「そんなことない。。きょうちゃんは、きょうちゃんだもん」

 

 

 

電車の中でスマホの画面を開いて、いつものサイトにアクセスする。

マイページのお気に入りに入ってるきょうちゃんの小説は、今日で丸5日、更新が途絶えてる。

きょうちゃんは、ストックたっぷり溜めてから公開だから、基本的に毎日か隔日か、作品ごとに決めて更新してるのに…。

私宛のメールも来ないし、LINEは既読スルーされた。彼女、のはずなのに。

 

けど。何か悩んでるのかなと思うと、押しかけていくのもためらっちゃう。

 

 

『きょうちゃんはきょうちゃんだもん』

 

確かに私はそう言ったけど、自分でも思ってた以上に、私はきょうちゃんの書いてるお話が好きみたい。

読みたいな、きょうちゃんのお話の続き。

溜息をついて、スマホをしまいかけた時、LINEの通知が来てることに気が付いた。――栞からだった。

 

 

タイムライン開いてみると、ヘッダーの写真は恐らく旅行先の海と島。自分のアイコンも変わってる。

(うーん、この数日の彼女の充実ぶりが、この変更された写真2枚でもわかるなあ…)

ちょっと乾いた感想を抱きながら、彼女のトークを開く。

 

――ただいま、のスタンプだった。

――おかえり

 

スタンプにはスタンプ。ソッコーで返すと、すぐまたレス来た。

 

――楽しかったよ、オーストラリア。今度、お土産渡すね

――うん、ありがと。おみやげ話も聞かせてね

――瞳子こそ

――え?

――何か私に言うこと、あるんじゃない?

 

メッセージに続いて、耳をすませたうさぎのスタンプが送られて来て、画面をじっと見る。

 

――結婚式の時、吉井さんといい感じだった、って聞いたよ?

――!!

 

申し訳ないけど、正直、全くもって忘れてた。

 

 

「え、何もなかったの?」

電話口で栞は残念そうに言う。旦那様は今日から仕事に復帰。栞は、家の片付けや主婦業を実践してみたくて、3日程大目に休みをもらったらしい、だから、暇なのか。

「ないよお」

向きになって否定して、私は慌てて口を押えた。

 

さっきのLINEから。15分。職場についた私は、着替えながら、栞に電話する。更衣室は私以外、誰もいないけど、声が響くから、自分の声に焦っちゃう。

 

「ホントに? なんかふたりでどっか消えた、ってあこが言ってたよ?」

「あーうん、まあ、そういう『何か』はあったけど、栞が期待するような『何か』はないって言うか」

「私の期待って?」

「イロコイ的な」

「ああ! ま、瞳子が簡単に及川くんと別れられるとは、思ってないよ~。ワンナイト出来るタイプでもないしね」

あっさりと栞は言う。

ワンナイト…いや、寸前だったんですが。

でも、これはきょうちゃんはおろか、友人にも家族にも誰にも言わない秘密だけど。

 

 悶々としながら仕事をしていた。

もうすぐ父の日だから、お父さんにプレゼント出来るような、質のいい渋いデザインの

万年筆を店頭の目立つところにディスプレイしていたら、何故か、吉井さんがうちの店に来た。