親友の結婚式 #1


 

不本意ではあるけれど、新しい部署での仕事は真面目にこなし、きょうちゃんの夢は相変わらず形にはならないまんま。

置かれてる状況に変化はなくっても、季節だけはあっという間に過ぎ去っていく。部署が変わってから、3か月も経っていた――

 

 

いやんなっちゃうくらいの青空の下。

私は栞の結婚式が行われるホテルに向かう。

よくあるシティホテルだったけれど、会場はかなり広い。栞は友達も多かったし、仕事関係の招待客も多いのだろう。

 

友人関係でまとめられたらしいテーブルに座る。隣の席は、同じ専攻だったあこちゃんだった。

 

「久しぶり、瞳子」

「あこちゃんも。今、何してるの? 確か、新宿のデパート…」

友人の進路を思い出して尋ねたら、あこちゃんは肩をすくめてから、お腹を手でさすった。その指には、銀色の指輪が光ってる。

「え? もしかして…」

「今妊娠4か月。授かり婚てやつ」

「…そ、そうなんだ」

 

相手は、同じデパートの先輩で、慌てて入籍し、引っ越しまではすませたものの、結婚式はまだらしい。みんなすごいなあ。

 

「あーもう失敗した。私も栞みたいに新婚旅行ヨーロッパ行きたかった」

 

ゆったりめのパーティードレスの胸元を覗きこんで、あこちゃんは不満げに言う。4か月。言われなければ、妊婦だなんてほとんどわからない。ちょっと胸がおっきくなったかな、って言う程度。

でも、あこちゃんに言わせると、お尻とかお腹とか肉づきがやばいらしい。

 

 

「いやでもおめでたいことだし」

「そうなんだけどさあ。瞳子も気をつけなね? まだ及川君と付き合ってるんでしょ? フリーターの彼氏の子どもなんて身ごもっちゃったら、生むのも生まないのも、どっち転んでも悲劇だよ悲劇」

「…き、肝に銘じます…」

きょうちゃん、避妊はきっちりしてるし、そもそも淡泊な方だし…大丈夫、多分。

 

 

私たちの席は大学の時の友達が4人、そして栞とどういう繋がりかはわからないけれど、男性が2人。どっちもスーツが板についてる。よくある冠婚葬祭どっちもOKな真っ黒い礼服じゃなく、ひとりは濃いネイビー、もうひとりはチャコールグレーのスーツ。他の席はみんな、判で押したみたいに黒スーツ、白ネクタイだから、一層おしゃれに見える。

ふたりともすっごくイケメンてわけではないけれど、雰囲気が知的でスマートでいい感じ。私、スーツの男性に弱いんだよねえ。職場もみんな、白シャツにエプロンなんて環境だし、きょうちゃんに至っては、スーツ姿すら、見たことない…。いや、成人式の時に見たかな?

 

「…大学の友達、じゃないよね。知らない顔だもん」

人目を引く人達に、あこちゃんが私に耳打ちしてくる。

「うん。仕事関係の人かなあ」

 

でも、上司っぽい人達は、もっと前の方の席にいるんだよねえ。新郎の友人かなあ。

 

「なんとなくさあ、あっちのグレーのスーツの人、瞳子見てない?」

「えええっ?」

 

そんな注目されるような容姿ではないし。

思わず、大声あげちゃって、あこちゃんに「しっ」って怒られる。言われたから、何となく私もスーツの男性をちらっと窺う。

 

何となく…見たことあるような、ないような…?

だけど、何処で見たとか、名前とか、具体的なことは一切思い出せない。

向こうももしかしたら、そんな風に記憶の糸を手繰ってる最中なのかもしれない。

何度となくこっちに向けられる視線を感じつつ、私はあこちゃんとおしゃべりに熱中する――ふりをする。

 

そうしてるうちに、照明が落ち、音楽が鳴りだし、司会の人がナレーションを始める。

 

いよいよ新郎新婦の入場だった。

 

 

純白のドレスに長いヴェール、ピンクの花を中心に造られたブーケ。よく知ってる友人なのに、あこちゃんと溜息ついちゃうくらい、栞は綺麗だった。

私だって今日は華やかなドレス着て、メイクだって、美容院でやってもらって、いつもより120パーセントくらいは女っぷり上がってるはずなのに、全く太刀打ちできない。

なんだろ、幸せの絶頂の人間の持ってるオーラみたいのを、全身に纏って、内から輝いてる。

横に立ってる栞の旦那さんになる人も、かなりのイケメンだ。

やっぱり主役のふたりが華やかだと、式そのものも華やかになるなあ。

ふたりはゆっくり会場を歩きながら、席につく。

 

ケーキカット、ファーストバイト、乾杯の挨拶。お決まりのセレモニーのあとで、歓談タイムに入る。

 

「ねえねえ写真撮りに行こうよ」

あこちゃんに誘われて、私も栞の近くに行った。

 

「栞、おめでとう」

「綺麗だったよ~」

あこちゃんと口々に言いながら、栞のグラスにシャンパンを注ぐ。

 

「ありがと~。あこも瞳子も来てくれて嬉しい」

栞の目はちょっと潤んでた。

 

「仕事は続けるの?」

「うん。せっかく入った会社だもん。子ども出来ても続けたい…て思ってる。不規則な会社だから、どうなるかわかんないけど」

「そっか。あこはどうするの?」

「私は、年内でやめることにしたよ。家庭と仕事両立、きつい、私は無理…て悟った。、子どもの傍にいてあげたいしね」

結婚しても仕事に邁進する栞と、子どものために退職するあこちゃん。どっちの生き方もありだ。

 

「またみんなで会おうよ~。今度新居遊びに来て」

と、先に引っ越しして新生活スタートさせてるあこちゃんが言う。

「うん、あこちゃんち行きたい。うちも…多分、しばらくぐちゃぐちゃだから、落ち着いたらふたりとも呼ぶね」

「うんっ」

「あ、ねえ、瞳子」

次の人たちも待ってるから、栞の前を立ち去ろうとした時、栞が私を呼んで耳打ちした。

 

 

「…え?」

意外なことを言われて、私は返しに困る。

栞は「頑張ってね~」と手を振ってる。

 

あこちゃんは力いっぱい頷いてたけど、私は小さく相槌を打つしか出来なかった。

栞もあこちゃんも、遊びに来て、とは言ったけれど、うちに来るとは言わない。言えるわけない、だって実家住まいだもん。家庭を持つ友達のうちを行き来するのとは、全く意味が違っちゃう。

 

栞もあこちゃんも、ふたりとも大好き。こんな小さいことに拘ってたら、自分がみじめになるだけなのにな…。

 

「よーし、料理食べよっ」

大股で席に戻るあこちゃん。

「悪阻ないんだ」

「終わった。終わった途端、食欲増大なのよ~。体重計怖い、でも食べちゃう」

花嫁の栞。ママになるあこちゃん。私には、ふたりとも、大学時代とは別人みたいに思える。それとも、私が変わってないだけなのかな。

 

席についた時だった。

 

「――あの」

と向かいに座ってたチャコールグレーの男の人が、声を掛けてくる。

 

瞬間、栞に言われた言葉が蘇った。

 

『瞳子のテーブルに男の子ふたりいたでしょ? 吉井くんと宮澤くん。高校の時の友人なの。瞳子のためにセッティングしたんだからね。ちょっと及川くん以外の男の人も見てみなね』

 

親友のお節介に辟易しながらも、私は注がれるままに、グラスのビールを一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

頭が痛い。内側から、ハンマーか何かでこんこん打たれてるみたい。痛みに顔をしかめながら、私はゆっくり目を開けた。

 

…と思ったんだけど、まだ夢の中なのかな。

 

視界に入るものは、全部見慣れないものばかり。もう一度寝ようと思って、体を横たえると、ふわりと柔らかないい匂いがした。うちのとも、きょうちゃんちのとも違う柔軟剤の香り。夢でも、匂いってするんだなあ。

 

新たな発見にほくそ笑みながら、瞼を閉じようとした時。

「あ、起きた?」

バスローブを着た男の人が、私の目の前に現れる。

 

 

(…だ、誰? この人)

反射的に身を起こし、ブランケットで上半身を覆いながら、ベッドヘッドに後ずさる。

 

「え。その反応――傷つくなあ、橘瞳子さん?」

傷つく、と言いながら、どっか余裕の笑みなんか浮かべて、その人は私の名前を呼ぶ。

「…あ!」

 

やっとわかった、思い出した。スーツ着てないから、全然ピンと来なかった。

同じテーブルにいたチャコールグレーのスーツの人…というか、うちのお店に出入りの出版社の吉井誉さん!

 

 

だけど披露宴会場から、ここに至るまでの記憶が、さっぱりすっぱり飛んでる。

もしかしてもしかしないよね。私はブランケットの下の自分の身体をそうっと覗き込んだ。