親友の結婚式#4


 

 

「え、え、えっと」

頭の中は大混乱。いったい、何がどうしてこうなってるのか。

何をどう聞いていいのかもわからない私をからかうように、吉井さんはベッドマットに座る。

 

「…何処まで覚えてるの?」

酔って記憶を失った女に、吉井さんは単刀直入に聞いてくる。ちょっと掠れた甘い声。

なかなかのイケボ。って、ときめいてる場合じゃない。

「…披露宴会場でお酒飲んで、そのあと二次会のカラオケ行って…」

話してるうちに、濃い霧に包まれていたような記憶が、少しずつその形を取り戻してくる。

 

 

 

 

披露宴の会場で。

「――あの」

と吉井さんは、ビール瓶を持ったまま、私の席の隣に来て、私の目線までかがみこむ。

「…鴫鴨(しぎかも)書店の方、ですよね?」

何でうちの本屋の名前…疑問符がうかんだ次の瞬間には、もう閃いていた。そうだ、丸川出版の人だ。丸川は栞の勤める出版社とは別の、中堅どころの出版社だ。主に経済系の専門書や啓蒙書なんかを発行してる――から、小説オンリーの私とはまるで畑違い。うちの店でもその分野の本はベテランのおじさんが担当してる。

たまに出版社の方が、直接売り場に来て、新刊を並べていったり、次に出る本の紹介に来たりする――。多分、その時にお互い同じフロアの中で見かけていたんだろう。

 

「あ、僕こういう者です」

「やめろよ、こんな場所で」

スーツのポケットから名刺を取り出そうとして、吉井さんは連れの男の人とあこちゃんに、止められて、苦笑いしてた。

 

ろくに口もきいたことなかったけれど、こうなると俄然親近感がわいてくるのが、人間の性。

吉井さんともう一人の宮澤さんとあこちゃんも混じって、披露宴もそこそこに盛り上がり始めてしまった。

 

「栞は知ってたんですか~? 吉井さんがうちの本屋出入りしてるって」

「いや、知らない知らない。女の子多いテーブルにしておくね、って言われたくらいだし。俺、橘さんの名前、初めて知ったし」

「ですよね~」

だけど、それにしては凄い偶然。

 

「けどさあ、最近橘さん、売り場で見ないよ?」

「左遷されたんです。文具売り場に」

「え。文具って左遷なの?」

「私的左遷です」

「あはは、本が売りたいんだ」

「そりゃそうですよお。なんのための書店員ですか」

 

そんな仕事の愚痴に始まり。

 

「あーいいなあ、栞。私も結婚したい」

「橘さん、彼氏いないの?」

「います~。いますけど、結婚できない系の人です」

「…奥さんでもいるの?」

「いや、そんなんじゃないですけど、経済基盤とか将来の展望とか」

「フリーターだってわかりやすく言いなよ、瞳子」

 

あこちゃんも混じっての、きょうちゃんへの不満まで。

お酒を潤滑油にそれはもう、普段きょうちゃんには直接言えないことを、ちょっと顔を知ってる程度のこの人に、散々ぶちまけたんだった…。

 

最後はこのホテルのバーに誘われたんだけど、もう頭も足も限界で、

「いきま~す」と答えた後のことは覚えてないし、思い出さない方がいいような気がする。

 

 

とりあえず、ブランケットの下はキャミソールと下着姿。すっぽんぽんではないことに安心する。

けど、これだけできょうちゃんを裏切ってない証拠にはならないよね?

会ったその日に…なんて、web小説の王道展開、「ないないないよねえ」ときょうちゃんと笑い飛ばしてたのに、いざこの身に起きてしまうなんて。

そして、本当に覚えてないものなんですね…。ああ、大失態。

 

 

「ええっとその…大変、申し上げにくいんですが…」

「何かな」

「私の貞操って…」

言いにくいから、ものすごく慎重に、言葉を選んで聞いたら、ぶっと吉井さんは吹き出した。

「テーソー。そんな言葉、ドラマとかでなくて、口にする人初めて見た」

…私だって、初めて口にしましたけど。

 

「覚えてないの? あんなに積極的だったのに」

吉井さんは私の横に手をついて、少し身を乗り出してくる。

 

…嘘。嘘。な、何にもないよね。至近距離30センチに迫られた、今この段階ですら、いっぱいいっぱいなのに、これ以上の接触とか挿入とか…。

 

ないないないないないないない。いくら酔ったからって、きょうちゃん以外の人となんて絶対ない。

落ち着け、私。下着はつけてる。カラダも頭痛以外の違和感は何もない。

 

「…何もなかったですよね?」

ゆっくり言うと吉井さんは、ちょっと拍子抜けしたのか、途端につまらなそうな顔をした。

「何だ、思い出しちゃった?」

「…状況証拠的にありえないかなと思うんです」

「残念」

残念て何、残念て。

昨夜は私、出来上がっちゃってたし、お店で会ってる時は営業マンとしての態度だったから気がつかなかったけど。

 

…この人、Sだ。絶対S。