親友の結婚式#3


 

うーん。少女漫画やラノベに於いては、流行りの性格だけど、私いまいちSキャラ萌えないんだよねえ…。

とゆーか、いじめられて、キュンキュンしてる女の子に共感出来ない。

 

でも、Sキャラだったら、攻略方法は楽だ。彼に振り回されなければいい。要は、女の子が自分の言動にどきまぎしたり、泣いちゃったりするのを見て楽しんでるんだから。

 

「すみません」

私はなるべく声に抑揚をつけず、事務的な口調で吉井さんに話しかける。

「大変失礼ですが、ここに至るまでの記憶がまったくありません。簡略でいいので、説明して頂けませんか?」

「…昨日と、キャラ違わない? 橘さん」

「人間そんな一面的なものではないので」

 

興覚めしたのか、「ふーん」と相槌を打ってから、吉井さんはどうして今、ここに私がいるのかを教えてくれた。

 

二次会のカラオケのあと、「もうちょっと飲もうよ」という吉井さんの誘いに私は、ノリノリでついてきた…くせに、移動のタクシーの中で爆睡。叩いても怒鳴っても起きず、しょうがなく吉井さんはタクシーの車窓から見えた、このビジネスホテルに私を連れ込んだらしい。

もちろん、ビジネスホテルの中でも、ベッドを占領し、全く起きる気配なく、吉井さんは隣のベッドで眠ることにし、明け方目を覚まし、シャワーを浴び、戻ってきたところに私が起きた…ということらしい。

聞けば聞くほど、最低だ、私。

「まあ、掛けられた迷惑を思えば、意地悪のひとつもしたくなるでしょ?」

「…す、すみませんでしたっ」

もう謝る。ひたすらこれしかない。ホテル代とタクシー代も払わなきゃ。手もち、いくらあったかな。あー、結婚式でただでさえ、いろいろ散財しちゃったのに。

 

「酔っぱらってる時は『きょうちゃん』って、彼氏の話しかしないし、こっち来たら、襲う気にもならないくらい爆睡だし、ま、おっしゃる通り何もなかったから安心して?」

「…はい」

神妙に頷く。何もなかったとは言え、(ほぼ)初対面の男の人と、正体無くすまで酔っぱらった挙句、朝まで同じベッド…とか、ありえない、ホントありえない。きょうちゃんには、死んでも言えない。

 

 

「あ、あの…」

とにかくこの下着姿じゃ、話してても落ち着かない。おずおずと吉井さんに声を掛けた。

「何?」

「着替えたいんですけと…」

毛布で肩先まで覆ったまま、私はもごもごと言う。途中で言葉を濁したのは、察してほしかったからだ。

「ああ…じゃあ、俺はいったん外出る?」

どうやら察しはいい人みたいで、ちょっとほっとする。

「…す、すみません」

「言っておくけど、俺は脱がしてないからね。ピンクのワンピは、君が『ああ、皺になっちゃう、やばい』とかなんとか言いながら、脱いでたから」

「…そう、ですか…」

変なとこだけ、気を使っていたらしい。それよりも、男の人と密室にふたりきりの状況の方を、慮るべきではなかったの? 昨夜の私。

とは言え、記憶にない自分に憤ってみても始まらない。

吉井さんが部屋の外に出て行ってから、私はのそのそとベッドから出て、ユニットのバスルームに向かう。

 

大きな鏡は三面鏡になってて、否が応でも寝不足と肌荒れでボロボロの私の姿と向き合わせてくれる。

はあぁぁっとまたひとつ、私は大きなため息をついた。

とりあえず、吉井さんが泥酔した女の子を無理やり食べちゃうような人じゃなくて良かった。

次にお店で会う時は、どんな顔していいか、気まずいったらないけれど、もうそこはオトナだし、お酒の席のことだし…引きずらないようにしてくれるよね、うん。

今後の対応を考えながら、シャワーを浴びて、昨日のワンピを着て、メイクをし直す。

披露宴用の華やかなワンピースが、この無機質なホテルのメイクルームの朝の光の下だと、浮き上がってしまって、滑稽なことこの上ない。

でも、これしか服持って来なかったし…。

 

着替え終わって、持ち物を整理してると、コンコンとドアがノックされた。

 

「吉井だけど」

言われてすぐにドアを開けた。吉井さんは、コンビニの袋をぶら下げて立ってた。

「終わった?」

「はい、昨日は大変ご迷惑をおかけしました。貴社と弊社は長年の誼もありますので、今後もあの何卒…」

さっき一生懸命考えてお詫びの文句をたどたどしく言おうとしてるのに、吉井さんはぷっと吹き出す。

「何、面接ごっこでもしてるの? あ、それとも謝罪記者会見の練習?」

「…違います。あの、これホテルの宿泊代と迷惑料です。受け取ってください」

気の利いた袋なんて持ってなかったから、咄嗟にホテルのロゴ入りの封筒に入れたお金を渡そうとすると、吉井さんはそれを手で押しとどめた。

 

「いーよ、それより腹減ったろ? 朝飯にしない?」

そう言いながら、コンビニの袋から、経済新聞と缶コーヒー、そして大量のおにぎりを窓際のミニテーブルに並べだした。

 

「しゃけ、ツナ、たらこ、おかか、昆布…何が好きなのか、わからなかったから、適当に買ってきちゃった。好きなの取っていいよ?」

「え」

正直、あんまりお腹は空いてなかったけれど、とりあえずせっかく買ってきてくれたものだし…と思って、ツナのおにぎりだけ手に取った。

私が手を伸ばしたのを見て、安心したように、吉井さんはカウチに腰かけ、缶コーヒーのタブを開けて、新聞を広げる。

「家に帰ればあるんだけど、朝読まないと、落ち着かなくない? 新聞て」

「…うちは取ってないです」

「あ、そうなんだ」

中央の紐をぐるりと破り、吉井さんは新聞に目を落としたまんま、昆布のおにぎりを食べ始める。

 

 

「橘さん、今日は会社休み?」

新聞を読みながら、吉井さんがそんなことを聞いてくる。サービス業の私は、冠婚葬祭でも絡まないと、土日の連休なんて無理に等しいから、今回入社以来初めて、カレンダー通りのお休みをもらったのだ。だからこそ、昨日二次会で弾けてしまったわけで…今となっては、自分のこの計画性が完全にアダ。

 

「…休み、です」

「そう。なら、良かった、ゆっくり出来るね」

ぺらっと新聞をめくる音が大きく響いた。変なの。私、こんなところで何やってんだろ。

窓からは薄曇りの鈍い光が差し込んできている。今日はこれからお天気は下り坂だと、気象情報を裏付けるような空の色。

栞は、そういえば、新婚初日の朝。私みたいなこんなもやもやした気持ちではなく、もっと晴れやかな清々しい朝を迎えてるのかな。

また、彼女と自分を引き比べてる自分に嫌気がさす。

昨日、我を失くす程に酔っぱらってしまったのはきっと、親友を羨ましく、妬ましく思ってる…そんな自分を見たくなかったからだ。

 

「ねえ、橘さん」

「?」

私の愚行はこれだけではなかったのか。吉井さんは食べ終わったおにぎりのフィルムを手のひらに丸めながら、ありえないことを尋ねてきた。

 

「結婚を前提に俺と付き合ってみる?――って、その返事は覚えてる?」

「は、はぃぃぃぃぃ?」