親友の結婚式#4


 

可能ならば、このずきずき痛む脳みそを一度かち割って、昨日の行動の一部始終の記憶を抜き去って抹消したい。それくらい失態続き。

冷静に、事務的に…と装った態度は、早くも崩れてしまい、私の驚天動地の叫びに、吉井さんはニヤニヤしながら、続ける。

 

「カラオケの中でさあ、橘さん、そんなに結婚したいの? じゃあ、俺と結婚する?って聞いたら、『前向きに検討します』って言ってくれたのに」

「…そ、それはですね…」

常套句で返すとするのなら、『記憶にございません』。まさにコレ。

あー、ダメだ、ホントダメだ。自分、こんなにお酒入ると、人格変わると思ってなかった。もう、禁酒しよ。禁酒、家飲み以外一切禁止。

「あはははは、冗談…ですよね?」

焦って、どもりまくる私に、吉井さんは。

「酔いの戯言だから、本気に取る方がどうかしてるよね?」

と、ちょっとだけ助け舟を出してくれる。

 

そう、その通り。酔っ払いの戯言です。うんうん、と私は大きく首を縦に振って同意する。というか、そっちも酔ってたんじゃないの?

あれ、吉井さんてお酒飲んでたっけ。

 

「けどさあ。橘さんの彼、結婚する気あるのかな」

きょうちゃんに確かめたこともない大前提を、第三者のこの人から尋ねられて、私は答えに詰まった。

 

「いや、もし仮に小説家デビュー叶ったとして、ね? 本が売れない――って、出版社(僕ら)も本屋(そちら)も嘆いてるこのご時世でさ、果たして誰かを養っていけるだけの収入なんて得られるのかな、って」

「…そ、それはそうかもしれないですが」

小説の公募なんて、あちこちでやってる。ケータイ小説のサイトから、お堅い出版社まで。小説家としてデビューするのは、今は割とハードルが低いのかもしれない。

けど、大変なのは、きっと『小説家として書き続けること』だ。

 

Webで人気が出て、出版は出来たけど、売り上げがいまいちで、サイトには続きがあるのにも関わらず、続刊が出ない、とか、次作が出ない、とかそんな作家さんだってたくさんいる。新しい本が出る度に、何度別の本を棚から抜いて、出版社に返したか――

 

「君は相当、焦ってるみたいだけど、今の彼氏と結婚するのって、結構難しいと思うよ?」

「私、焦ってなんて…」

「え、昨日、散々、『私、早くしないとオーバー30になっちゃうよ~』とか『本屋でお局様は嫌~~~~』とか言ってたじゃん」

「…お見苦しいものを」

 

普段は押し込めてる本音が、お酒を飲んで、タガが外れて、言いたい放題になってたのかな。ああ、ホント昨日の記憶を…以下略。

 

 

「でさ、あんまり言うから、『じゃ、俺と結婚する?』って、俺は聞いたんだけど」

「いやだからもうそれは」

なかったことにしてほしい。自己中なことを考えてる私に、吉井さんはまだ続ける。

 

「橘さん、今は酔ってないでしょ?」

「ええ、ちょっと頭は痛いですが…」

「じゃあさ。本気で付き合わない? 俺と。――結婚を前提にしてさ」

 

世の中広くっても、コンビニのおにぎりのフィルムを剥きながら、プロポーズされたのなんて、私くらいなもんじゃないかと思う。しかも、会ったばっかりの人と。

 

絶対、からかってる。

 

「…意味がわかんないんですけど」

私もやけになって、おいてあったおかかのおにぎりをつかみ取る。

人間腹が立つと、お腹も空くのかもしれない。だって、結婚ネタで女の子からかうなんて、サイテーでしょ。

 

刺々しい私の口調に、吉井さんは少し意外そうに眉を上げた。基本、長いものに巻かれろ、の日和見だけど。特に、この人には、借りも恩義もあるけれど、それとこれとは別。

私だって、怒ることくらいあるもん。

「ん、だってさ、橘さん、結婚したいんじゃないの? 鬱屈した思いがあるから、昨日あんなに悪酔いしちゃったんでしょ?」

涼しい顔でおにぎり食べながら、吉井さんは、痛いとこついてくる。

「それは否定しないですけど」

「で、彼氏くんは、まだ結婚してくれそうもないんでしょ?」

「それも否定しないですが」

「じゃあ、他の選択肢考えた方がいい、って思わないの?」

私には複雑怪奇な論理を、吉井さんはさも当然、と言った風に言う。

 

結婚したい→でもきょうちゃんとは無理→だから吉井さんと結婚?

 

「い、いや、待ってください。私、吉井さんとまともに話したの昨日が初めてですよね」

「うん」

「結婚って、もっとこう互いをわかりあってからの方が…」

「お見合いにしろ、婚活パーティにしろ、日本の古来からの男女を結びつけるシステムって、それほどプロセスを念入りにしてない気がするけど。みんな初対面でアリかナシか決めてるじゃん」

「で、でも…」

「ほら、車だってさ、ずっと乗ってるとニーズにそぐわなくなったり、大きすぎたり、家族が増えて手狭になったりして、乗り換えるじゃん。人生のパートナーも似たようなモノじゃない?」

いやでも車は、10年くらいで乗り換えるけど…結婚は一生ですよね?

というか、そもそも。

「…吉井さんて、結婚したい人なんですか?」

敢えて、(私と)とは入れなかった。だって、気に入られる要素が何もないもん。

 

 

「ん~」

なによ、もうこの際だから、その言い分をとくと聞いてやろうじゃないか。そんな気概で、私は黙り込む。

「アレかな、結婚式出た後だから、何となく結婚したいモードになってるのかも」

「それですよ、それ!!! 私も、そうですから」

フツ―の精神状態であれば、怒ってもいいくらいの失礼な発言だけど、気の迷いにしてくれるなら、むしろ歓迎! 私は吉井さんの発言に、力いっぱいのっかった。

私の力説が面白かったか、吉井さんはくくっと笑ってから、おにぎりをぱくっと完食してしまう。

…こんな話しながら、よくこの人おにぎり食べられるなあ。

私のは、まだ綺麗な三角形のまま、手元に残ってる。

ぱくっとてっぺんを口に入れると、のりがかさっと音を立てて破れた。

 

 

「昨日も思ったけど、橘さんてさ」

「ふぁい」

あ、やばい、口にモノ入れたまま、返事しちゃったよ。

急いでごっくんさせてる喉の形がおかしかったか、また吉井さんはくくって喉を鳴らして笑う。あーもう、やりにくいな、この人。

「初めて会った感じしないんだよね」

「…初めて、じゃないじゃないですか」

彼の言いたいことは何となく察していたけど、揚げ足を取った。

何度も見かけてる。けど、あんな場所で再会して、話したのは初めて。それなのに…。

「まあ、厳密にいえば、初めてじゃないけどさ。でも、ほぼ初対面でしょ? なのに…あんまりそんな感じしないからさ」

さらりと言って、吉井さんは二個目のおにぎりに手を伸ばした。

「……」

やっぱり私が感じてたことは、吉井さんも感じてたらしい。

 

お酒飲んで酔っ払って、意識失って、彼氏でもない男の人と一晩…なんて、これまでの私の人生には一度たりともなかったこと。

空前絶後なことをやらかしているのに、今、私は呑気におにぎりなんて食べてる。割と

自然に。

 

この違和感のなさが違和感だった。

 

一緒にいてもあんまり疲れない気を使わない…こういうの、相性、って言うのかな。フィーリングって言うのかな。

だけど、そんなこと突き詰めて考えたくない。私にはきょうちゃんがいるから。

 

 

「ま、結婚はともかくさ。またさ、鴫鴨書店に行ったら、今度は飯でも食いに行こうよ」

多分、私は全身で困惑オーラを出していたのかもしれない。

吉井さんは急に立ち上がって、話を逸らした。

 

「…うち、ランチタイム交代なんで」

「橘さんの時間に合わせるよ」

営業の外回りは自由だからさ、と吉井さんは笑う。

その余裕、ちょっとムカつく。

 

どうしようどうしようどうしよう、きょうちゃん。

私、全然別の人にプロポーズされちゃった(みたい)。